CATALYST BOOKS vol.3
理解を深める1冊
Index
~「マス」ではなく「ニッチ」を深める時代は地方に商機あり!~
JR東日本でエキナカ事業を立ち上げ、「エキュート大宮」「エキュート品川」をスタートにエキナカの開発に携わり、駅を「通過する空間から集う空間」に変えたことで知られる鎌田由美子さんをゲストにお迎えしたカタリスト・トーク。
転職、留学を経て、現在は地域の一次産業のものづくりを支える事業を展開する鎌田さんのお話は、耕作放棄地の茶畑から採れるお茶の実を活用したネイルオイルや、廃棄されていた酸味のあるりんごから作られた食事に合うりんごジュースなど、「よそもの」視点で素材の価値を再発見することで生まれた商品の数々が語られました。
JR東日本に在籍されていたときから現在に至るまで、新しいプロジェクトに取り組む際に「よそもの」視点を軸にしたアイデアを大切にしてこられた鎌田さんの発想力のヒントがたくさん詰まった本が、今回のカタリスト・ブックスです。
『よそものが日本を変える』(鎌田由美子・著)は、その地域の人が気づかない「地域の資源の価値」に「よそもの」の視点を通じて違う角度から価値を見出して商品化していく過程が、あらゆるレイヤーで描かれています。
カタリストでモデレーターの浜田さんも「本を読んで、考え方次第だと思った」と唸らせるほど、国内、そして海外の「ニッチ」な事例を多数紹介。イギリスの湖水地方にあるマーマレードやジャムで有名になり、世界各国からマーマレードのファンが訪れる観光地になった街や、古本で有名になった街など、新たな価値が街を変える様子を解説しています。
地域の在り方を考えたとき、これからの時代は大きいことよりも、ニッチが増えており、地域のポテンシャルが益々高まっていると鎌田さんは考えます。 本の冒頭にも書かれているように、コロナによって働き方が変わり、場所に縛られずに働けるようになったとき、地方に住みながら東京の仕事ができ、逆に東京にいながら地方の仕事ができるようになると、「よそもの」が入りやすくなっていきます。
誰もが地方に「よそもの」として関わることができる時代に、多くのヒントをくれる1冊です。
~1300年前から変わらない人間の本質が見える~
710年に藤原京から遷都されて日本の都となった古代都市・平城京。誰もが歴史の授業で学び、その名前を聞いたことがある平城京ですが、そこでの人々の暮らしがどのようなものだったのかをカタリスト・トークで詳しくお話してくださったのが、平城京を長く研究してこられた舘野和己さんです。
お話の中で印象的だったのが、平城京を始め、当時のアジアの都市は権力者が支配するための施設を置く場所だったというもの。天皇、王、皇帝がいる政治の中心地が都市であり、商業都市などは存在しなかったので、政治の中心地が別の場所に移れば、前の都市は農村に戻っていました。ヨーロッパにあったような庶民が交流する広場などはなく、政を行う統治するための場所が都市だったのです。
平城京の資料として主に残っているのは、正式な事柄が紙に書かれた古文書と、日常のメモや簡単な伝達事項が書かれている木簡。今回ご紹介いただいた2冊のカタリスト・ブックスには、木簡と正倉院に残る古文書をベースに当時の下級官人たちの暮らしぶりが生き生きと描かれています。
1冊目は、舘野さんの著書『古代都市・平城京の世界』です。平城京から発掘された木簡はおよそ20万点と言われますが、主にそれらの木簡や土器、遺構から平城京の構造や官人達の生活が簡潔にまとめられており、平城京について知りたい方がまず始めに読む本としてお勧めです。 平城京は中国の都・長安をモデルにして作ったと言われますが、中国にならって作られた他の東アジア諸国の当時の都市には長安をきっちり模倣したものがないといいます。長安を模倣する緻密さが日本は際立っており、日本人は1300年前から「きっちり」していたことが、模倣の仕方や律令(法律)の作られ方にも表れていると舘野さんは言います。
もう1冊の『平城京に暮らす~天平びとの泣き笑い~』(馬場基・著)には、古文書と木簡から著者が大胆に想像する下級官吏たちの物語が描かれています。人事が決まる時期が近づくと、自分が就きたい官職の願いを上司にあてて書いたものや、上司に付け届けをする様子が書かれたもの、職場の待遇改善を求めたものなど、当時も昇進のための「政治」が行われていたのは現代にも通じるもので、平城京の何気ない日常を残る資料を通して見ることで古くから変わらない人間の本質が窺えます。
反物や食材で税を貢進するために上京する人、そしてそれらを他の物と交換する市場に来る商人たちなど、平城京には多くの人が地方から集まってきていました。舘野さんのトークで浮彫りになったように、政治・統治するための場所として色々な人々が集められてきていたのです。木簡からは、近畿圏だけでなく、東北や九州など遠方から単身赴任で都に暮らす官人たちも多くいたことが分かり、支配のための住民台帳である計帳には、平城京に暮らす人々は隣人と同じ姓ということがほとんどなく、多様な背景の人たちが寄せ集めで住んでいたと考えられています。仏教の力を政治に利用するために寺院はありましたが、住民たちが祭る神社が都の中に存在しなかったことから、平城京では人間関係が希薄だったと言われます。現代にも通じる大都市での人間関係の希薄さは古代から続いてきたことだったのです。
~「リスクを取らないことがリスク」だと教えてくれる本~
水田に浮かぶように建つホテル「スイデンテラス」が話題のヤマガタデザイン株式会社。代表の山中大介さんとの対話で印象的だったのが、彼のリスクに対する捉え方が一般の人と異なることでした。一般的にリスクと聞くと、自社や個人が失敗したときに、短期的に自社や自分自身が失うもの --- 資金、信頼、名誉など --- を思い浮かべる人が多いと思います。
特に地方は短期的に見ると、事業が成功する確率は低く、リスクだらけです。マーケットがないところで事業は成立するのか?銀行は資金を提供してくれるのか?倒産したらその地域にはもう住めないのでは?山中さんも最初にホテルを建設すると言ったときに、絶対にうまくいかないと多くの人に言われたといいます。
しかし、本当のリスクは何か?と山中さんは問います。ここで何かを変えるためにリスクを取ってチャレンジしないと、長期的に地方都市は衰退の一途をたどるだけ。それが本当のリスクであり、自分がリスクを取らないことが地域にとって大きなリスクになるのだ、と考えます。山中さんが考えるリスクは、短期的に自社や自分自身が失うものという狭い範囲のものではなく、長期的に日本という国が失うものを見据えており、スケールが全く違うのです。
「自分さえ良ければ」といった利己的な風潮が社会に広がりつつある中で、長期的かつ大きな視点で物事を見ることができる人は3%しかいない、と山中さんは経験則として感じています。果たしてその3%はどういう人たちなのか?それを考えさせてくれるのが、今回のカタリスト・ブックスです。
『ランディ・パウシュ 最後の授業』(ランディ・パウシュ著)は、高校時代に親友がプレゼントしてくれた本で、山中さんの人生のバイブルのような存在だといいます。
こんな事業成り立つのか?と思うようなことに果敢にチャレンジし、日本を変えることができると信じている3%の人たちについて、山中さんは「単純でバカで思い込みが激しいタイプ」の人たちと表現します。でもそれは、イノベーションを起こすために必要なことで、長期的な視点で地域を良くし、社会を変え、日本を救うのは自分しかいない!という「思い込み」が自分をそうたらしめるのです。
この本の書名の通り、アメリカのカーネギーメロン大学には「最後の授業」というタイトルの名物講義があるといいます。その授業が自分(教授)の人生の最後の日だとしたら、あなたは学生に何を伝えますか?というのがテーマです。コンピュータサイエンスの世界的権威である著者のランディ・パウシュは「最後の授業」の依頼を受けた後に癌の転移が発覚し、余命半年と宣告されてしまいます。そして文字通り、これが彼にとって最後の授業になってしまいます。この本にはその講義で彼が何を語ったのかが書かれています。
なぜ、リスクを長期的に見られるのか、なぜそんなに「単純でバカで思い込める」のか、と考えたときに、「人はいつか死ぬ」ということ、「リスクを取らないことがリスク」だということを痛烈に理解させてくれる、と本書について山中さんは評します。この本を読むと、あなたのリスクに対する考え方も変わるかもしれません。
動画でも彼の最終講義を見ることができます
「最後の授業」ランディ・パウシュ
~物語に対する好奇心が、技術を調べるモチベーションを掻き立てる~
ビットコイン、NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)、DeFi(Decentralized Finance:非中央集権的な金融システム)、ブロックチェーン・・・最近、頻繁に目にするようになったこれらの言葉。iPhoneが登場したときのように、社会を一変させるテクノロジーなのではないか、と予期させます。しかし、ビットコインの投機的な値動きへの警戒や、ブロックチェーンの技術的な仕組みが難解であることから、実際にいま何が起きているのかを身近に感じ、理解することができないと思う方も多いのではないでしょうか。トークの中でブロックチェーンに関わるポイントを分かりやすく解説くださった幻冬舎「あたらしい経済」編集長の設楽悠介さんが初心者にお勧めするのが、『デジタル・ゴールド』(ナサニエル・ポッパー著)です。
ブロックチェーンに関する本は技術書も含めて多数あります。しかし、設楽さんがビットコインに興味を持つようになったのは、ビットコインの生みの親と言われる「サトシ・ナカモト」という謎の人物が、独占的で中央集権的な銀行をバカにしながらお金を民主化しようとして始めた、という物語に惹かれたからだといいます。
アルゴリズムが全てを管理し、オープンソースでみんなに見えているのに、不正ができない。その仕組みを理解するためには、「それを調べてもっと知りたい」という気持ちが重要だと設楽さんは考えます。その意味で彼が一番掻き立てられたのがこの本なのです。
本書は、サトシ・ナカモトがある一人のエンジニアにビットコインを送るところからストーリーが始まり、それから約10年間でどのように世の中に広がってきたかが描かれています。ジャーナリストである著者が取材したことに基づいて書かれ、技術書にはないサスペンス的な要素も盛り込まれており、まるで1本の映画を観ているような気持ちになるそうです。
サトシ・ナカモトの論文は、アメリカの一部の人しか見ないような掲示板に匿名で掲載されたわずか十数ページのPDF。それに共感した人たちがつくったプログラムがベースとなって世界中の人が送金できるシステムが出来上がったのです。そこに人間の欲望やあらゆる想いが入り混じり、良いことにも使える一方で、悪用することもできるこの技術がどのように広がっていったのか?ということが脚色することなくドラマチックに描かれている本書を読めば、あなたもビットコイン、ブロックチェーンの魅力にとりつかれるかもしれません
~常識を超えなければ、新たな発見は生まれない~
太陽系外の惑星を研究する天文学者の成田憲保さんが、トークで何度も触れたのが「常識から外れたところに新たな発見がある」ということです。
宇宙に太陽系みたいな惑星系が他にあるのか?この問いに天文学者は長きに渡って向き合い、研究してきたにも関わらず、比較的最近までその存在すら分かっていませんでした。
しかし、1995年にミシェル・マイヨール教授とディディエ・ケロー教授(2019年にこの発見でノーベル物理学賞を受賞)によって、太陽系外の惑星が実在することが初めて発見されます。この大発見は、既存の天文学者の常識とは違う視点で研究をしていたからこそ生まれたものでした。
『地球は特別な惑星か?地球外生命に迫る系外惑星の科学』(成田憲保著)は、2020年始めまでの太陽系外惑星発見の歴史から、研究の経緯、今後の展望がまとめられている書籍です。
それまで多くの天文学者は太陽系を宇宙の標準だと考え、太陽系外惑星を探すときも、太陽とその周りを回る惑星と同じ動きをする惑星を探していました。結局、太陽系の常識の延長線上で探していた人たちは誰も太陽系外の惑星を見つけられませんでした。
しかし、恒星を研究していたマイヨール教授とケロ—教授は、太陽系の公転周期とは全く異なる恒星の動きに着目したことで偉業を成し遂げることができました。
2021年10月時点で太陽系外惑星は4500個発見されています。1995年まで1つも見つけることができなかったのに、それから25年でこれだけ見つかったのです。太陽系の公転周期(地球の場合、365日)とは全く違う短周期(1日~数日)で、かつ、不思議な軸で公転するものが多数あるといいます。私たちが、いかに既存の常識に囚われて新たな発見ができないか、ということを示しているでしょう。
宇宙に生命の兆候を探すアストロバイオロジーについて書かれている第9章に、完全に異分野である生物系の研究者たちとの共同研究について触れられています。
宇宙に生命がいる惑星があるかを調べるとき、それはどういう生物で、どういう痕跡を残し、その痕跡は生物がいなくてもできるものなのかなど、天文学の知識だけでは答えが出せない問題が多いため、人工光合成の研究者ら共同研究しているそうです。
異分野の研究者は、常識が全く異なり、話す言葉も違いますが、だからこそ、それぞれの常識から外れたところに新しい発見を見出す可能性があるのです。
Index
地球は特別な惑星か? 地球外生命に迫る系外惑星の科学
成田憲保講談社
デジタル・ゴールド ビットコイン、その知られざる物語
ナサニエル・ポッパー【著】土方奈美【訳】日本経済新聞出
最後の授業
ランディ・パウシュ、ジェフリー・ザスローSBクリエイティブ
古代都市平城京の世界
館野和己山川出版社
平城京に暮らす
馬場基吉川弘文館
「よそもの」が日本を変える—地域のものづくりにチャンスあり
鎌田由美子日経BP
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