CATALYST BOOKS vol.1
理解を深める1冊
Index
宮城治男さんが紹介するカタリスト・ブックス
~「マネー資本主義」に対峙する概念の進化~社会起業家支援を行うETIC.創業者である宮城治男さんの想いの根底にあるのは、若者の生き方の選択肢を広げ、挑戦者を増やしたいということ。ETIC.の前身である学生団体を立ち上げた28年前は学生に「起業」という選択肢はありませんでした。さらに、社会を良くすることを仕事にする「社会起業家」という概念は20年前には存在しなかったのです。アーリーアダプターの若者を育成し、社会起業家という概念を社会に定着させてきた宮城さんが選んだ1冊は、時代とともに人々の価値観が変化してきたことを実感させる書籍です。
『進化する里山資本主義』(藻谷浩介・監修)は、2013年に出版されてベストセラーとなった藻谷氏の著書『里山資本主義』の続編です。お金が万事を裁定する力を持つ「マネー資本主義」に対峙する新たな概念として、「里山資本主義」を提唱した前編がヒットしてから7、8年が経過し、その間に地方創生に政府も力を入れるようになり、地方に注目する人々が徐々に増えてきました。そこから見えてきた新しい仕組みやプレイヤーのことが続編では書かれています。
まさに「進化」という言葉が象徴するように、アーリーアダプターだけのものではない動きが見えてきます。6章から成る本書の第3章をETIC.が執筆しており、都市で働く人と地方をつなぐプロジェクトなど、具体的なステップを刻んでいくための選択肢やケースが書かれています。
梶谷真司さんが紹介するカタリスト・ブックス
~「自由に考える」とはどういうことか~思考そのものを対象とする学問である哲学。その理論自体が、従来の既成の前提を問い直し、新たに思考の可能性を開いていくものです。しかし、哲学者の梶谷真司さんがイベントでお話されたのは、哲学理論ではなく、些細なことに目を向けることでした。梶谷さんが実施する哲学対話は「思考の枠組みを超えるための小さな工夫」を大切にしており、自由に考えて対話をする場を作る上で参考にされた本として3冊ご紹介下さいました。
マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』は、私たちの行動や知識が、言葉で説明できるよりはるかに広く深い次元に支えられていることを教えてくれたそうです。何をするにも、その根底には意識されない、暗黙の知があるのです。歩くにも、手を挙げるにも、扉を開けるにも暗黙知があるように、考えるにも、話をするにも、聞くにも、それを支える何かがあります。それが分かれば、もっと考えやすく、話しやすく、聞きやすくなるのだそうです。大事なのは、その「何か」をはっきりさせることです。
ジュリア・カセムの『「インクルーシブデザイン」という発想 排除しないプロセスのデザイン』は、「皆で一緒につくりあげていく場」を考える上で参考になった本として紹介されました。ユニバーサルデザインは、誰でも使えるものを作りますが、作る人と使う人は別です。一方、インクルーシブデザインは、作る最初の段階から使う人が関わります。つまり結果ではなく、プロセスのデザインです。それが思考の結果を享受する哲学ではなく、一緒に思考を生み出す哲学対話と似ているとのことで、梶谷さんはそのような哲学を「共創哲学(inclusive philosophy)」と呼んでいるそうです。
山田ズーニーの『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』は、梶谷さんが自著『考えるとはどういうことか』を執筆する上でもっとも大きな影響を受けたそうです。彼女によれば、「考える方法が分かれば書くことができる」のであり、「問う方法が分かれば考えることができる」のです。哲学対話とは、まさに「書くためには考えなければならず、考えるには問わなければならない」、だから「問う方法が分かれば、考えられるようになる」わけです。そこから梶谷先生は、哲学対話とは、まさにそれを他の人と一緒に行うことなのだと捉えるようになったそうです。
みんなが対話を通して考えていく哲学対話で重要なのは、とにかく「自由に考える」こと。そのために梶谷さんは「何を言ってもいい」「話がまとまらなくてもいい」など、自由を担保するために8つの条件を定めます。忖度や同調圧力だけでなく、「相手を思いやること」であっても、私たちは色々なことを気にして自己規制をかけているからです。
他に「発言せずに聞いているだけでもいい」「分からなくなってもいい」など、どんな人も排除しないインクルーシブな要素も「自由に考えるための条件」として含めています。
さらに、梶谷さんが実践する「思考の枠組みを超えるための小さな工夫」として、「どんな疑問でもいい。みんなで問いを出す」は、小さな疑問をおろそかにせず、些細なことでもしっかり考えることが思考力を鍛え、議論を深めるのだ、といいます。
梶谷さんが目指す哲学対話の土台を形作るのに寄与したこの3冊は、「本当に自由に考える」ことについて考えるきっかけをくれそうです。
葉村真樹さんが紹介するカタリスト・ブックス
~「人間」「テクノロジー」「都市」の関係性~古代メソポタミアから現代に至るまでの「都市の進化」の過程を振り返ると、その背景には常に技術革新があり、新しい技術は人間単体ではできなかったことを可能にしてきた人類の歴史がありました。そこから「都市は人間拡張の最大形態である」と都市研究家の葉村真樹さんは導き出します。それはどういうことか?「人間」と「技術革新(テクノロジー)」と「都市の進化」の関係を解説しているのが、今回のカタリスト・ブックスです。
1つ目の『破壊』(葉村真樹)で主に書かれているのが、「人間」と「テクノロジー」の関係です。人間の機能および感覚の拡張は「インフォメーション」「モビリティ」「エネルギー」という3つのテクノロジーに分類されます。インフォメーション技術の進化によって、人間は脳、目、耳、口、つまりはコミュニケーションを行う機能を拡張しました。モビリティ技術の進化により、人間の腕、手、脚、つまりは自身を含めて移動させたいモノを移動させる能力を拡張。これら2つのテクノロジー進化を可能にしたエネルギーの進化は、人間に例えると、心臓、血管、肺、消化器官の拡張と重なります。
『都市5.0』(葉村真樹・編著)では、「技術革新」と「都市の進化」の関係が示されます。黒川紀章氏が1965年の著書『都市デザイン』で提示した都市の5つの発展段階に沿うと、都市はこれまで①神の都市、②王の都市、③商人の都市、④法人の都市、と発展してきており、未来は⑤個人の都市となる、と提示されます。それぞれの段階で起きた技術革新によって都市は進化してきました。①では文字の誕生。②では貨幣、アルファベット、冊子本の誕生。③では活版印刷の誕生。④では産業革命(蒸気機関、モビリティ、電気による情報革命)。そして現代の私たちはまだ④の「法人の都市」に住んでいるといいます。
では、⑤の「個人の都市」における技術革新とは何でしょうか?それがインターネット技術です。未来の都市では人類が日常的にサイバー空間で生活する、オンライン前提となる時代が到来するというのです。未来の都市には何があるのか?都市に人は集まらなくなるのか?個人はどこにいてどういう生活をしているのか?人間拡張の形態として作られた都市を人間から乖離させないためには、どうするべきなのか?トークでは、あらゆる思考実験が展開されました。
小川さやかさんが紹介するカタリスト・ブックス
~「評価経済」に依存していくことの危うさ~Amazonなどのネット通販や、Uber、メルカリなどの C to C のシェアリングエコノミーが普及したいま、レビューを通じて取引相手を信用する「評価経済」は、現代の経済活動には欠かせません。
テクノロジーが加速していけば、誰もが品行方正で“良い市民”になる「ユートピア」が訪れる、という議論も起こっています。
しかし、タンザニア商人たちの経済活動を研究する文化人類学者の小川さやかさんは、そのような議論に異を唱え、「評価経済」に依存していくことの危うさを指摘します。
そこで紹介された『デジタル革命で機械の奴隷にならない生き方』(R・D・プレヒト)は、清廉潔白で立派な人間しかいない透明な社会は、果たして望ましいものなのか?と問いかけます。そして、人間の自由は「グレー」な余白の部分にあると主張します。
小川さんはその「グレー」な部分をタンザニア商人たちに見出します。SNSで取引するけど、レビューに頼らずに写真から得た自分の直感を信じる。他人の評価を全く気にせずに脈絡のないSNS投稿をし、予想外の繋がりやチャンスを得ていく。プラットフォーム資本主義に乗りながらも、評価経済から外れたところでSNSを使いこなすタンザニア人たちの視点から、私たちの「こうあるべき」という倫理の基準を問い直します。
山形浩生さんが紹介するカタリスト・ブックスー
前提となる価値観が崩れたときの資本主義の未来 資本主義が前提とする「平等」「自由」「民主」の価値観。これらの価値観を多くの人が求めたからこそ、資本主義は世界に広がりました。 しかし、テクノロジーがこれらの価値観を崩し、資本主義の未来を変える可能性があると評論家・翻訳家の山形浩生さんは指摘します。その先に待ち受ける未来の資本主義の形とは?起こりうる未来の姿が描かれているとして山形さんが挙げた2冊の本をご紹介します。
『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐、高口康太)は中国で起こっていることについて書かれたものですが、これは中国だけの話ではなく、これからの資本主義の一つの形になるかもしれない、と山形さんは言います。
監視カメラやSNSで個人の特性や行動を詳細に分析していくと、みんなある程度同じだという平等神話は崩れていくでしょう。個人の行動分析が人の統制に使われていくことが当たり前になり、プライバシーは守られるべき人権だという概念はなくなるかもしれません。
もう1つの未来は、1984年のSF小説『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン)で描かれたような電脳化の世界です。山形さんのイマジネーションはそこからさらに一歩進んで、「人間が全く介在しない資本主義」という究極のところまで行きつきます。
格差が固定化し、完全に階層化された社会の中でAIが実態経済を支配する世界。果たして人間は一体何をしているのでしょう?製品開発や製造などの経済活動すべてが自動化され、人間はただ「選別」や「消費」するだけの存在となるのかもしれません。
Index
ニューロマンサー
ギブスン,ウィリアム早川書房
幸福な監視国家・中国
梶谷懐、高口康太NHK出版
デジタル革命で機械の奴隷にならない生き方
プレヒト,リヒャルト・ダーヴィト日本評論社
破壊 - 新旧激突時代を生き抜く生存戦略
葉村真樹ダイヤモンド社
都市5.0
東京都市大学総合研究所未来都市研究機構翔泳社
暗黙知の次元
マイケル・ポラニー筑摩書房
「インクルーシブデザイン」という発想
ジュリア・カセムフィルムアート社
伝わる・揺さぶる!文章を書く
山田ズーニーPHP研究所
進化する里山資本主義
藻谷浩介ジャパンタイムズ
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