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コンセプト・センスを持って生きる<イベントレポート>

更新日 : 2024年04月23日 (火)

【後編】ブレない指針=コンセプトがあるおかげで脱線ができる

目的のためにコンセプトを作る、という順番ではなく、
発酵的に、自分の思考のなかにあるコンセプトが代謝していく
吉田:ドミニクさんはいろいろな研究や作品発表をされていますが、何かを始めるとき、どこから手をつけていますか?

ドミニク:会社をやっていた時には、ビジネスコンセプトをたてるということはよくやっていました。そのなかで、発注者目線か、企画者目線かというのは気にしていました。一番わかりやすい発注者目線は「売れるものを作って」というもの。これはコンセプトでもなんでもない、安心したいだけの不毛な条件ですね(笑)。そういう考えで仕事をするのは辛いですし、そこから優れたコンセプトは生まれない。とはいえ、企画者が自分よがりの目線で、「これは僕のライフテーマなんでこういう企画でいきます!」と言うのも意味不明になってしまいます。これを二つの極とすると、その中間にある、どうやってお互いのビジョンが交差する点をみつけられるか、だと思います。ビジネスパーソン、企業、デザイナーや、アーティストも、そうかもしれません。世の中が求めている、これは支持を得られるということと、その人が誰にも頼まれなくてもやっているだろうこと、まさに、その人のコンセプトってなんだろう?というところの間になるのだと思います。

吉田:さきほど(前編で)ドミニクさんが「Nukabot(ヌカボット)​​」の話をされたときに、「妄想」という単語で説明されていましたよね。僕はそれがすごく面白いなと思いました。大学生、特に就活を控えた子たちから「自分のやりたいことがわからない」という悩み相談がすごく多いです。マッチョスタイルのアドバイスだと、「やりたいことやればいいじゃん、行動力が足りないんじゃない?」とか言ってしまいがちですが、僕はそれは言いたくない、救いにならないですよね。ドミニクさんはご自身の「妄想」に気づけたわけですが、どのようにキャッチしていますか?

ドミニク:研究を例に話すと、研究は「引用せずにはできないもの」です。引用文献がない(少ない)論文は、査読者がファイルを開いた瞬間に却下します。つまり、自分がやろうとしている領域の先人たち、それこそ100年、場合によっては1000年前の人が考えてきたことを知ったうえで、自分はこれをやるんだ、という筋立てが書ければ、ものすごく説得力が生じるわけです。先人の考えを読むことと、自分の論文を書いたり、研究コンセプトを考えたりすることは表裏一体で、文献を読みまくっていると勝手に自分のなかで化学反応が起きてきます。

ここで実際にNukabotを見ていただきましょう。この子は、端的に言うと「ぬか床」が自分の発酵状態に基づいていろいろと喋るんですね。「そろそろかき混ぜて〜」みたいに(笑) 。これは4代目です。



ドミニク:なぜ僕がぬか床と喋りたくなったかというと、ぬか床を腐らせてしまった経験が出発点です。それは大失敗で、共同生活をしていた大事なパートナーを無くしたみたいな辛さを感じました。ショックが大き過ぎて、すぐに何かしようという気持ちは起きなかったくらいです。それから1年後に振り返った時に、微生物は目に見えないし、触れても喋らない、犬猫のように反応もない、それなのに自分はぬか床のどこに情緒的な感情をいだいていたんだろうか、という「問い」、好奇心が湧いてきました。
最初は、研究というより、パーソナルクエスチョンだったんです。そこからお味噌やお酒を作ったりしている発酵の職人にインタビューしたりしているうちに、どうやらプロフェッショナルは、ノンバーバルに微生物と会話をしている、という気づきがあり、この人たちのライフスタイルが格好いいなと思いました。だから、微生物と会話するというコンセプトは僕が生み出したものではなく、観察していて気づいた、僕がそう解釈した、という感じです。そういう経験をしているときに、石川雅之先生の『もやしもん』という漫画に出会い、まさに大気中の微生物と話をする主人公の話で、これはうらやましいと思いました。この能力があったらぬか床を腐らせずにすんだのに!と。

それから、研究室のセンサーをぬか床に刺してデータを取りはじめると、いい状態なのか、腐っているのかがわかるようになってきました。そこに音声認識や、発話エンジンをくっつけ、ぬか床と会話できるように作っていきました。そのうちに、目に見えない存在と会話するというのは目的ではなく手段であって、ぬか床だけに限らず、微生物のような気配を“人間が”感じられるようになるための道具・テクノロジーを作っている、その関係性をつくっている、というコンセプトに気づきました。 Nukabotは「制御の思考」で突き詰めると、人間が感知せず自動的にかき混ぜてくれる「全自動ぬか床かき混ぜロボット」にもできてしまうわけです。でも関係性を作りたいのに、関係性がなくなってしまうテクノロジーは絶対に作りたくない、そこに補助線としてのコンセプトがあるので、迷うことなく、そうじゃないロボットを作っています。

Nukabotは不便なんです。「そろそろかき混ぜて〜」とか叫ぶので、「わかったよ」と人間が動いてかき混ぜる(笑)。スマートフォンは全然Nukabotっぽくはないですよね。便利なんだけれども、その苦労までも実は奪わないでほしいという時もある。こう考えたときに、別のコンセプトが湧いてきました。それが「卒業できるテクノロジー」というものです。つまり、Nukabotは永遠に人間が依存するものではなくて、3〜4年Nukabotと過ごしてぬか床をかき混ぜていると、身体的な解像度があがって、もうNukabotがなくても微生物の気配を感じられる身体感覚を持てるようになる。そして、人間はNukabotを「卒業できる」というデザイン・コンセプトにたどりついて、「卒業できるスマホ」「卒業できる生成AI」など今も色々と考えています。コンセプトをひとつ立てて突き詰めていくと、別のコンセプトが連鎖していくのが面白いですね。そうやって考えていくと、勝手に研究が進んでいく。これを作らなければならないから、そのためにコンセプトを作る、という順番ではなくて、勉強をしつつ、考えていくと、まさに発酵的に、自分の思考のなかにあるコンセプトが自ずと代謝していくという感じがします

吉田:ドミニクさんがお話されていたような、マイコンセプト、マイ研究テーマは、次々と自分のなかで仮説が変わって、風景が変わって、新しいことが見つかって、新しい問いが見つかって、好奇心でどんどん奥にいく感じがします。人より抜きん出るということでも、上へ向かうという感じでもありません。ビジネスだと、期限があったり縛りがあったりするので、上へ向かうゲームを適用せざるをえないこともあるけれど、マイ研究テーマはそれとは時間軸的にも初期衝動的にも違うお話だなと聞いていて思いました。
「パーソナルクエスチョン」を持つことで、世の中が楽しく見える!
吉田:さきほどドミニクさんが使った「パーソナルクエスチョン」という言葉は初めて聞いたんですけど、、、。

ドミニク:僕も初めて言いました。(笑)

吉田:そうなんですね(笑)。「パーソナルクエスチョン」、すごくいいキーワードだと思います。自分のなかに湧いた「問い」に気づき、どうしても放っておけない、気になって仕方ない何かにそのまま向き合ってみる、ちょっとの好奇心から半歩踏み出してみる、そういうモード、チャンネルを自分の中に持っておく、というのがいいです。
ビジネスとして企画業をやっていると、普通は案件が始まってからそのためのコンセプトを考える、ということになります。でも、自分は今生きていてこれが気になっている、そういう時間軸、好奇心を持っていたほうが、世の中が楽しく見えると思います。さきほどのお話も、抽象と具体を行ったり来たりしながら、風景がうつろいながら、さらに奥に向かっていっている感じが特徴的だと思って聞いていました。

ドミニク:仕事が決まったからそれについての本を買って考えました、という流れでは、どうしても付け焼き刃になりますよね。ものごとの真髄とか身体感覚とかは、言葉を吸収するだけではわからない感覚です。でも、本業ではないけれど、自分は漬物については15年くらい考えていて、となると、周りは「ほう、それはおもしろい」となります。マイコンセプトは一つではなく、僕にとっては漬物だし、テクノロジーだし、インターネットと漬物、でもいい。そこに個人としての体重がのっかっているかどうかが、本質的な価値を産むわけですよね。

吉田:僕が一緒にプロジェクトをやっていた学生が社会人になっての悩みが、そこにあります。自分の初期衝動からくるマイプロジェクトをクライアントに持っていきたいけれど上長に相談したら、「それは君が思っているだけだ」と却下されてしまう、という悩みです。その上司にも問題があって、本当に他の人が思っていないことなのか、とか、思っていることを起点に考えて何が悪いんだ、とか色々とツッコミどころがあるんですけど(笑)、まあよくあることですね。そういった「私」と「公・組織」が対立構造になったとき、我を通すか、我慢するか、諦めて辞めてしまうか、といった道が浮かびます。どれがいい悪いではないですが、それだと会社、上司、自分をあわせた「わたしたち」に持っていけてはいないな、と思います。先ほどのドミニクさんのように、自分の大失敗を起点に話していただくと、聞いているほうも勇気づけられますし、仕事の最中に頭をうんうん悩ませて生まれたコンセプトではなく、「僕が悲しかったんです」という日常に対する感情への眼差し、そこに対して、ないがしろにしたりせず、自分が何に感動したり、悲しんだりするかというのを愛しく思える時間が大切なのだと思いました。

ドミニク:先ほどの「そのことを考えているのは君だけだ」、と言う上司の場合、その上司自身が「自分が変化する」という前提がないのが問題だと思いますね。関係性のデザインで考えると、今まで教員が正しい、上司の経験が間違っていない、そいういうことが信じられていた時代、社会があったわけですが、これだけ情報が複雑化しているなかでは、経験者が常に正しいという認識は崩壊しています。これは年長者の経験を否定するわけではなく、バイアスを脇において(バイアスを持っていることを自認したうえで)そうじゃない自分のありかたを想像してみることです。未熟な部下が言っていることだ、と条件反射的に思っているけど、そうじゃない可能性もある。意思決定を握っている人が、1パーセントでも話を聞いてみようと考え、自分の考えが変わるかもしれないと思ってくれないと、関係性がそもそもデザインできないと思います。

吉田:可能性の入り口が閉じてしまっている、ということですよね。

ドミニク:変化の可能性が「0でない」ことが大前提ですね。
ブレない指針=コンセプトがあるおかげで脱線ができる
吉田:最後に日常的な話に戻してみようと思います。これは「アヤナミブルー」という塗料なのですが、ドミニクさん、これでご自宅を塗られた、と伺ったのですが。
ドミニク:はい。自分の家を作るとき、「青色」をコンセプトにしていて、イヴ・クラインブルーや、ウルトラマリンの変種、青色をコンセプトにする作家などの、色々な青を使いたいと思っていました。その時に、書斎の戸棚を塗る色として、「アヤナミブルー」を見つけました。

吉田:実は、この色を作ったのは僕も所属しているチームの別のメンバーの仕事です。ターナー色彩さんという絵の具・塗料の総合メーカー​​さんに対して、「絵を描かない人でも欲しがる絵の具」というコンセプトを提案しました。本来の使い方と異なるので怒られるかな、と思いきや、自分たちが思いつかないことだとほめていただきました。ご存知の方も多いと思いますが、アヤナミブルーというのは、エヴァンゲリオンの綾波レイという人気キャラクターの青からきています。まずはコレクターズアイテムとしての塗料、でもそれを入り口としてこれまで絵の具に触れてこなかった人に届き、絵を書いてみたくなった、という反応もありました。絵を書こうと思って絵の具を手にするのではなく、絵の具を手に入れたあと何かを塗りたくなる、という逆の順番が生まれたんです。

ドミニク:僕はエヴァンゲリオンはもちろん見ていますが、猛烈なマニアというわけではありません。僕の場合、この塗料のコンセプトに惹かれた、ということです。僕が求めていたのは、漫画オタクの僕の書斎を彩ってくれる「青」。そこに対して、このプロダクトはオタクカルチャーを象徴しているという「コンセプト思考」が働いて、これしかないと刺さりましたね。

吉田:そんなご縁のあることがさきほど控室でわかって、日常の様々なこともコンセプト的に考えることができる、コンセプトが身近なことだと受け取っていただけたらなと思い、この話を披露しました。冒頭に、コンセプトは筆記具のような日常的なもの、何かをはじめるときの前提という話がありました。この会場にいるみなさんも、自分は企画職やクリエイターではないからコンセプトは関係ない、ということではありません。例えば、夏休みの旅行はどうする?子供の進学先はどうする?そもそも教育方針は?といったパーソナルなことも、コンセプトがあると意思決定がスムーズになり、悩むことが減るかもしれないということで、コンセプト的に考えることをおすすめしたいと思います

ドミニク:僕が吉田さんの本『コンセプト・センス』で一番好きな部分を紹介します。第二章「コンセプトは私たちに何をもたらすのか」の“コンセプトは「縛り」ではない” の項(67p)です。
「ブレない指針のようなものを得ることで、惑わずふらつかず突き進むことができるようになる」
と同時に、
ブレない指針があるおかげで「安心してブレを楽しめる」「楽しくふらふらできる」「適切によそ見ができる」
とも書かれています
本線に戻ってこられる安心感があるから、脱線ができるようになる、ということですね。
これは本当にその通りで、僕は「発酵」をコンセプトにしていて、もはや身体に食い込んでいて、意識的にも、世界の見え方、感じ方が変わってきています。何を読んでも聞いても、発酵とどんな関係があるだろう、と感じてしまいます。これだけ聞くと変な人だと思うんですが(笑)、自分でも掴んでいないコンセプトが、自分のなかで勝手に育っていくのを見守っている、客観視している、という感覚があります。いわゆる“悪い縛りがあると動けなくなりますが、コンセプトは“いい縛りである、と思います

吉田:とてもいいまとめをしていただきました。まだまだ話せそうですが、最後に、こちらに中尾さんのグラレコもできあがっています。ぜひ見ていただいて、今日のお話を振り返っていただけたらと思います。本日はありがとうございました。

ドミニク:ありがとうございました。

左から、ドミニク・チェンさん/中尾仁士さん(グラレコ)/吉田将英さん

▼アカデミーヒルズのnoteで、中尾さんのグラレコについてまとめています。 ▼吉田さんのnoteにも本セッションについてまとめていただいています!

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