記事・レポート

66ブッククラブ 第4回

『ウーバーランド』を読む

更新日 : 2020年01月29日 (水)

第1章 “宗教問題”としてのアルゴリズム

アカデミーヒルズとコンテンツレーベル「黒鳥社」による読書会、「66ブッククラブ」。12月3日に行われた第4回ではアレックス・ローゼンブラット『ウーバーランド』を取り上げ、上智大学法学部教授・楠茂樹氏をゲストに招いて議論を行なった。独占禁止法を専門とする楠氏は、Uberのようなプラットフォーマーにどのような希望と危険を見出すのか。同氏がこの日のために選んだ3冊は、テック企業の築き上げたプラットフォームとアルゴリズムの危険性を明らかにするとともに、それを「宗教」の観点から捉えなおせる可能性をも提示していた。

TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTOGRAPH BY MASAMI IHARA


 楠 茂樹 (上智大学法学部教授)


「Uberの生み出した環境はたしかに危険性をはらんでいますが、まだ“危険”だと思えるからいいんです。昔の独占はわかりやすかったけれど、現代は違う。これから人間はよくわからないまま、なにかに隷属させられるようになるのかもしれません」

独占禁止法と公共契約を専門とする上智大学法学部教授、楠茂樹氏は『ウーバーランド』を手に取りそう語った。アメリカ発のライドヘイリングサービスUberがギグ・エコノミーを加速させたと同時にドライバーを構造的に搾取していることを看破した同書は、UberのみならずGAFAをはじめとする巨大テック企業の光と影を描きだしている。楠氏によれば、Uberの抱える問題の新しさは、労務管理の議論に「プラットフォーム」と「アルゴリズム」が加わっていることにあるという。

「働き方改革がトレンドになったことでフリーランサーの労務管理が注目されたわけですが、それ自体は古典的な問題なんです」と楠氏が語るとおり、フリーランサーと企業の労務契約にまつわる問題はまったく新しいものではない。「たとえばアメリカではプロ野球における移籍制限やドラフト制度は反トラスト法違反ではないかという議論は1世紀に渡ってなされていますし、日本においても近年も吉本興業やジャニーズ・エンタテインメントが下請法や独占禁止法に抵触したのではないか、と話題になりましたよね。芸能界における契約管理の問題はずっと議論されてきて、最近になってやっと公正取引委員会が重い腰を上げるようになりました」。ギグ・エコノミーのトレンドを待つまでもなく、スポーツ選手や芸能人といった“フリーランサー”にとって企業といかなる関係を結ぶかは重要な問題だったのだ。

だからこそ、『ウーバーランド』の面白さはプラットフォームやアルゴリズムの方にあるのだと楠氏は語った。今回「66ブッククラブ」のために楠氏が選んだ3冊『欲望の資本主義3』『AIと憲法』『回勅 ラウダート・シ』は、わたしたち──あるいはわたしたちが身を委ねる国家──がプラットフォームとどう向き合っていくべきか教えてくれるものでもあった。






楠が最初に紹介した丸山俊一・NHK「欲望の資本主義」制作班『欲望の資本主義3』は、GAFAのようなプラットフォーマーによる資本主義の変容を解き明かす一冊だ。『サピエンス全史』でおなじみのユヴァル・ノア・ハラリや日本でもその著書『なぜ世界は存在しないのか』が話題となった哲学者マルクス・ガブリエルら5人の経済学者や哲学者のインタビューからなる同書は、GAFAがもはや従来の「企業」とは異なる性質を帯びていることを明らかにしている。

「この本のなかで、起業家のスコット・ギャロウェイが『Googleは神だ』と喩えていて。Appleはセックス、Facebookは愛、Amazonは消費とほかの喩えは苦しくもあるんですが、たしかにかつて人々が答えを探して聖書を開いていたように、現代はみんなGoogleで物事を検索していますよね」

かようにGAFAはもはや私企業を超えたレベルの影響力を全世界に及ぼしているため、国家間で分割すべきとする声も少なくない。同書のなかでもジャン・ティロールやハラリは分割に言及しているという。楠氏はGAFAの特異性がその存在をより難しいものにしているのだと指摘する。「プラットフォーマーはモノをつくって売るメーカーでもなく、商社や物流でもない。人々が集まる「場」をつくってそこにビジネスを乗せていく「ネットワーク」です。これは古典的に理解されてきた意味での“企業”ともいえない。だからこそいままでの枠組みで捉えられない怖さがあるのだと思います」

2冊目の山本龍彦(編)『AIと憲法』は、こうした「怖さ」を詳らかにするものでもある。憲法や民主主義など多彩な視点からAI(人工知能)のもつ可能性と危険性を問う本書は、AIのアルゴリズムによってわたしたちの社会が大きく左右される可能性を示唆している。

「たとえばGoogleで検索して得た情報をもとに投票先を決める人は、本当に“自発的”に投票したといえるのか。民主主義におけるわたしたちの意思決定さえも、アルゴリズムに誘導されているかもしれないですよね」と楠氏は説明する。「日本の憲法は国家が権力となっていくことに対しては否定的ですが、GAFAにはもはや国家が介入せざるをえない。でも、少なくとも日本の憲法はこうした技術の変化に対応できていないことが問題なんです」




アルゴリズムを駆使してその活動をグローバルに拡大するプラットフォーマーたちは、従来の法制度では捉えきれない。『欲望の資本主義3』のなかで指摘されたように、AIによるアルゴリズムが「神」のような機能を果たす時代にあっては、GAFAの寡占や「ウーバーランド」とはある種の「宗教問題」として位置づけなおされるべきなのかもしれない。

楠氏が最後に紹介した教皇フランシスコ『回勅 ラウダート・シ』は、まさに宗教と技術の関係性を見直させるものだ。教皇が全カトリック教徒に向けてメッセージを発する「回勅」をまとめたこの本を読むと、カトリック教会と科学技術の“戦い”の跡が見えてくる。

「この100年間、カトリック教会は共産主義と科学と戦ってきたんです」と楠氏は語る。「でも、いまは資本主義の限界と向き合わなければいけなくなってしまった。わたしたちは科学技術が発展する速度に追いつけておらず、その“奴隷”になってしまうことで環境問題や貧困問題が引き起こされている。いかに科学技術と付き合いながら、人間が人間らしさを取り戻せるのか議論されているんです」

日本で暮らすわたしたちにとっては「回勅」も「教皇」も大きなリアリティをもたないかもしれないが、欧米においてその存在感は圧倒的だといわれる。聖書の解釈と現実世界の解釈をすり合わせることは、人々が「現実」とどう向き合うか考えることでもあるはずだ。それが多くの人々の生に影響を及ぼしうることは間違いない。

もちろん、アルゴリズムやプラットフォームが、そっくりそのまま未来の“神”になるとは限らないだろう。しかし、すでに巨大プラットフォーマーが一種の“行政機関”として機能しつつあるのも事実だ。私企業がその領域を超えて人間の生活や意識をも規定しうる時代にあって、わたしたちはどうプラットフォームと向き合うべきなのか。そのヒントは、意外と「宗教」にあるのかもしれない。





『欲望の資本主義3』
   丸山俊一・NHK「欲望の資本主義」制作班

NHK経済教養ドキュメントの書籍化シリーズ第3弾。「市場」「自由」「個人主義」をキーワードに、ユヴァル・ノア・ハラリやジャン・ティロールら5人の賢者が多角的な視点から社会のあり方を再考する。「GAFAは“カジノ”と同じで、人々がお金を払って儲けさせているだけだとマルクス・ガブリエルは言っていて。それぞれがGAFAを前提に資本主義を語っているのが面白いですね」と楠氏は語る。
 

『AIと憲法』
   山本龍彦(編)
憲法、経済秩序、教育、選挙、裁判、プライバシー……これらはどれも「AI」と密接に関わる問題でもある。山本龍彦ら気鋭の研究者14名がさまざまな観点からAIの危険性を問い、社会との調和の可能性を追求していく論集。「日本では憲法が変わらないことをよしとしていますが、果たして本当にそれでいいのか。憲法がどう現状に対応できていないのか考えるうえで面白い1冊だと思います」と楠氏。
 

 

『回勅 ラウダート・シ』
  教皇フランシスコ
アッシジの聖フランシスコによる「太陽の賛歌」のなかの言葉「ラウダート・シ、ミ・シニョーレ」からタイトルをとった2015年6月の回勅「ラウダート・シ」。この回勅のなかで教皇フランシスコは人間が引き起こした環境問題について語る。「宗教と科学技術というテーマはわたしたちがいま考えなきゃいけないテーマのひとつです」と楠氏が語るとおり、この回勅からはカトリック教会の問題意識の変化が感じられる。

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