記事・レポート
日本元気塾セミナー正義とは何か、真実とは何か?
『おクジラさま~ふたつの正義の物語~』の映画監督と考える
更新日 : 2017年11月14日
(火)
第2章 世界で増え続ける「対立」の根底にあるもの
伝統は守るもの? 壊すもの?
佐々木芽生: 2010年10月、太地の大きな秋の祭りの取材と撮影を始めるために太地町を訪れました。翌日の早朝、出漁の様子を撮影した後、現地に常駐して漁の様子をSNSなどで発信していた海洋環境保護団体・シーシェパードのメンバーにインタビューしていたら、ハナゴンドウが背後の湾にどんどん追い込まれてきました。そのうち、捕鯨やイルカ漁に反対する外国人、国内外のメディア、町役場の人、はては右翼の街宣車や警察まで現場にやってきて、大変な騒ぎになりました。
ハナゴンドウは体長3~4m程の微妙な大きさで、太地町ではクジラと呼ばれていますが、外国人はRisso’s Dolphinと呼んでイルカだと認識しています。映画『おクジラさま』の前半では、この日に太地町で起こった対立・衝突の様子が映し出されています。
その後も撮影を続けていましたが、2011年の東日本大震災後の混乱によって一時中断となり、太地町に再度戻れたのは2014年でした。すでに3年が経過して『ザ・コーヴ』のことも忘れられ、「本当に完成できるのだろうか」と不安になりました。そんな中、2010年に撮った映像を見返していた時、「この小さな町で起こった問題は、今、世界で起きていることの“縮図”ではないか」と思ったのです。
最近はダイバーシティが大切だと言われる一方で、グローバリズムとローカルリズムとの対立・衝突が世界各地で起こっています。トランプ政権の誕生も、イギリスのEU離脱も、従来はマスコミが声を拾わなかった人達が立ち上がり、グローバリズムに反対した結果だと思います。
グローバリズムのもとでは、人、お金、物が国境を越えて自由に行き来しますが、「価値観」も知らぬ間に日本の小さな漁師町にまで押し寄せていた。その争点が宗教やビジネスではなく、「捕鯨」だったわけです。先進国を中心としたグローバル社会では「クジラやイルカは賢く、貴重な動物であり、人類の共有財産」という認識があります。太地町で400年以上にわたり営まれてきた伝統的な漁は、それに反する野蛮な行為と見なされたわけです。
「伝統」に対する考え方も日本と西欧では異なることを、今回の制作を通して初めて知りました。日本人は、長く続いてきたものを今後も末永く大切にしたい、という考えに何の疑問も持ちません。しかし、西欧では「現代の価値観に照らして悪いとされる伝統は壊していかねばならない」となります。シーシェパードの人も「奴隷制度やハラキリも、現代の価値観に合わないから無くなった」と言っています。伝統に対する根本的な考えが違うわけですから、議論が先に進まないのです。
もう1つは「情報格差」。今や誰もが簡単に情報を発信でき、シーシェパードや海外メディアの声はSNSや動画を通じて世界中に発信されています。しかし、日本側や太地町の人々の声は世界に届いていなかった。それがために情報の欠如が起こっていたのです。
言語の壁、異なる価値観に対する無理解により、互いに「自分達が正しい」と主張してコミュニケーションがない状況に陥り、誤解、怒り、憎しみだけが募っていく。絶望感すら漂う太地町の様子を見て、おそらく戦争や紛争の最初の火種はこうしたものなのだろうと思いました。
「正義」の反対側にあるのは……
佐々木芽生: 1つの正義、1つの真実を互いに押し付け合うことで、衝突が起きる。それは普段の生活、夫婦間や学校、職場でも同じだと思います。もちろん、唯一の「正しい答え」はありません。取材や撮影を進める中で、私が正しいと信じていたことも揺らいでいきました。何が真実なのか? 何が正義なのか? そんな問いが頭を駆け巡り、いつしか私は「正しい答え」を求めることをやめ、自分の考えに対しても常に自問自答しながら撮影を進めていました。
自分と相容れない他者との共存は、はたして可能なのか? 分かり合おうとしない人同士は、どうすれば分かり合えるのか? 大切なのは、受け入れる、受け入れないは脇に置き、まずは相手の言葉に耳を傾け、異なる考え方や価値観を「なぜ?」という部分も含めて理解すること。最初はそこからでいいと思いました。そして、相手の意見が受け入れられないとしても、排除するのではなく、白黒ハッキリさせるのでもなく、どうにか共存できる方法を一緒に考えていく。
『おクジラさま』という映画は、『ザ・コーヴ』への反論ではなく、多様な人々の思いを伝え、考えることを促し、そこから健全な対話を生み出すためにつくりました。そのために太地町の人々や外国の活動家はもちろん、捕鯨に関する国際会議にも足を運び、各国の代表者や科学者などから話を聞くなど、約6年かけて多種多様な意見を集めていきました。
往々にして、人は「違い」に注目してしまうもの。たしかに、自分と他者では違うこともたくさんありますが、実は共通している部分もたくさんある。太地町とシーシェパードの人々も、目指している大きなゴールは同じはず。それは「豊かな海の資源や環境を守り続けていくこと」でしょう。ただ、ゴールにたどり着くためのルートが異なり、今はその違いに目が向いているだけだと思います。
私が『おクジラさま』の制作を通して学んだのは、「真実や正義は1つではない」こと。そして、正義の反対にあるのは悪ではなく、「もう1つの正義」であること。違いではなく、共通するものに目を向けて、対話を通じて本当の意味で多様性を認め合う社会が実現できれば、世界中の対立・衝突は少なくなっていくはずです。
自分と相容れない他者との共存は、はたして可能なのか? 分かり合おうとしない人同士は、どうすれば分かり合えるのか? 大切なのは、受け入れる、受け入れないは脇に置き、まずは相手の言葉に耳を傾け、異なる考え方や価値観を「なぜ?」という部分も含めて理解すること。最初はそこからでいいと思いました。そして、相手の意見が受け入れられないとしても、排除するのではなく、白黒ハッキリさせるのでもなく、どうにか共存できる方法を一緒に考えていく。
『おクジラさま』という映画は、『ザ・コーヴ』への反論ではなく、多様な人々の思いを伝え、考えることを促し、そこから健全な対話を生み出すためにつくりました。そのために太地町の人々や外国の活動家はもちろん、捕鯨に関する国際会議にも足を運び、各国の代表者や科学者などから話を聞くなど、約6年かけて多種多様な意見を集めていきました。
往々にして、人は「違い」に注目してしまうもの。たしかに、自分と他者では違うこともたくさんありますが、実は共通している部分もたくさんある。太地町とシーシェパードの人々も、目指している大きなゴールは同じはず。それは「豊かな海の資源や環境を守り続けていくこと」でしょう。ただ、ゴールにたどり着くためのルートが異なり、今はその違いに目が向いているだけだと思います。
私が『おクジラさま』の制作を通して学んだのは、「真実や正義は1つではない」こと。そして、正義の反対にあるのは悪ではなく、「もう1つの正義」であること。違いではなく、共通するものに目を向けて、対話を通じて本当の意味で多様性を認め合う社会が実現できれば、世界中の対立・衝突は少なくなっていくはずです。
該当講座
正義とは何か、真実とは何か?
「おクジラさま- ふたつの正義の物語-」の映画監督と考える
佐々木芽生(映画監督)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長)
紀伊半島の小さな町(太地町)に押し寄せた、クジラを巡る大きな衝突を、単純な捕鯨問題の是非ではなく、「グローバリズム vs ローカリズム」「正義とは、真実とは何か?」など奥深いそして根源的な問題として捉えたドキュメンタリー映画「おクジラさま-ふたつの正義の物語-」の監督と日本元気塾の米倉塾長との対談セミナー。
日本元気塾セミナー正義とは何か、真実とは何か? インデックス
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第1章 日本の小さな漁村に押し寄せたグローバリズム
2017年11月14日 (火)
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第2章 世界で増え続ける「対立」の根底にあるもの
2017年11月14日 (火)
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第3章 情報、コミュニケーション、リスペクトの欠如
2017年11月14日 (火)
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第4章 表層の奥にある「誇り」「アイデンティティ」に目を向ける
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