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六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第7回
ジャパンウェア~日本型ベンチャースピリットの行方~

現代日本の源をさぐる:松岡正剛×大澤真幸

更新日 : 2017年04月18日 (火)

第3章 「日本型ベンチャースピリット」の特徴

写真左:松岡正剛 写真右:大澤真幸


ベンチャースピリットを支えるもの

松岡正剛: 日本のベンチャースピリットには3つの特徴があると考えています。

1つ目は、さまざまな要素を「混ぜる、組み合わせる」こと。例えば、インド、中国、日本をひっくるめて「三国」と言ったり、平安時代に登場した本地垂迹(ほんじすいじゃく)、いわゆる神仏習合のように、大陸から渡来した儒教や仏教と、神道(八百万の神)を混ぜてしまったりする。

2つ目は、「小さきもの」というか、コンパクトサイズの中でシステムやエネルギー、人間関係などを組み立てること。茶室、会所、芝居小屋なんてものも小さかった。浅草寺裏にあった江戸三座、香川の金比羅さまの金丸座も小さい。日本の住宅はかつて「うさぎ小屋」と呼ばれていた。清少納言は早くに「何も何も、小さきものは、皆うつくし」と言っています。

3つ目は、技能というものを単能型ではなく、多能型にしていくこと。単能も得意ですが、それよりも複数の技能を組み合わせることで、より強みを発揮する。例えば、カンナやノコギリはハードとしてツール化されているようで、実は職人の心、手の動き、音、削り具合といった、感性工学的なものが組み合わさってできているんです。

大澤真幸: 面白い話ですね。たしかに、日本の文化にはクリエイティビティの核のようなものがたくさんあり、私たちは明らかにそれを引き継いでいる。しかし、ベンチャー的な事を起こすには、道具やスキルだけでは何もできない。一見して馬鹿げていることをやるとなれば、まずは人間として「非合理的」にならないといけない。効率や合理性を優先してばかりでは、ベンチャースピリットは生まれません。

当然、失敗する確率も高いですが、それでもあえて踏み出そうとするとき、何が必要か? 一人で気合を入れ、覚悟を決めればOKというわけではない。それを支えてくれる人、組織や関係が必要になる。実はそれが今、日本人に足りていない部分だと思います。

「イエ」型の組織

大澤真幸: 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった頃、日本が成功した理由について、学者たちはさまざまな説を唱えていました。その中に、経済学者の村上泰亮さんたちが書かれた『文明としてのイエ社会』(中央公論新社、1979年)という本があります。

松岡正剛: 社会学者の公文俊平さん、政治学者の佐藤誠三郎さんと一緒に書いた本ですね。

大澤真幸: 僕は、同書に登場する「イエ」型の組織が、日本のベンチャースピリットの源流ではないかと考えています。「イエ」とは家族・親族といった意味ではなく、一族郎党というか、共同生活を行う一種の経営体です。その起源は、平安末期に勃興した関東の武士団にある。

彼らは、戦いと領土保持を行いながら生きる場を獲得していた冒険的な集団です。それは大名や藩といったものに受け継がれ、それどころか、皇室や商家にさえも導入され、明治以降も「日本型経営」の中で活かされていましたが、21世紀に入ると失われてしまった。それでも、「イエ」の根底にあったベンチャースピリットはいまだに消えていない、とも思うのです。

松岡正剛: 消えていないのに、なぜそれが表面化してこないのだろう。

大澤真幸: 例えば、自分の特長を強く否定されると、途端に自信を無くし、特長を抑え込んでしまう人がいますが、それと似ている感じがします。バブルの頃までは、「イエ」型の組織の良い面が効果を発揮していた。しかしバブル崩壊後、それが徹底的に否定され、欧米型の価値観がもてはやされた。

松岡正剛: 現代のグローバル資本主義の下では、「イエ」は古臭いものとして忌み嫌われ、葬り去られてしまった。

大澤真幸: それもあります。一般的な人間関係は、金銭などの契約によるドライな関係と、家族のような親密な関係がありますが、「イエ」はその両方を有しており、血縁などを越えて外に開かれていることも特徴です。一旦入ってしまうと、簡単には抜けられなくなりますが……。とにかく、現代においても「イエ」型の組織を維持していたスピリッツをもとに、組織を形成することができるはずですが、ただ、なかなか難しい。

「イエ」の源流である武士団は、「○○のために戦う」という共有できる目的・目標の下に集まった組織です。つまり、「戦う意味」を見いだせなければ、離散してしまうわけです。江戸時代、武士社会の「イエ」が形骸化していったのは、戦いが無くなったから。むしろ、激しい競争をしていた商人にその影響が強く表れた。同じく、高度経済成長期は多くの日本人が戦いに意味を感じていたはずです。しかし現在は、多くの人が戦う意味を見いだせてはいないのでしょう。

松岡正剛: 理由の1つとして、「成長神話」を妄信していることがあると思いますね。戦うよりも成長すればいいと考え、M&Aを含め、資本を強くしてROE(株主資本利益率)を高めていく。国際会計基準に則った数値化された戦いです。しかし、成長と規模拡大だけを目指すのは、本来の戦いに入ってしまった。

少し話はずれますが、日本の軍事戦略は「専守防衛」です。それは諸子百家の時代に現れた「墨家」のような前向きなものではなく、日米同盟などに守られた後ろ向きの防衛です。それにプラスして、成長や規模拡大だけに邁進しているわけですから、ベンチャースピリットが湧き出すはずもない。

大澤真幸: その通りです。かつての日本は、成長の後ろ側に価値のある目的・目標を見いだし、誰もがそれを実現しようと考えていたはずです。しかし、現在はそれが見えづらくなり、やる気が起こらず、新しい挑戦を面白がることもできなくなっている。

「人生の目的は金儲け」と言う人に対して、「素晴らしい人生だ」とは思いませんよね。それは、お金が何にでも使える普遍的な手段だから。普遍的であるがゆえに、目的・手段の転倒も起こりやすい。しかも、手段は人を惹きつけません。ベンチャースピリットとは、不合理なこと、損する可能性のあることでも、面白そうだからやってみようという気持ちです。成長以外の目的や目標が見つけられないことが、日本人や日本企業が苦戦している大きな理由だと思います。



該当講座


六本木アートカレッジ これからのライフスタイルを考える 「情報過多社会での暮らし方」
六本木アートカレッジ これからのライフスタイルを考える 「情報過多社会での暮らし方」

松岡正剛(編集工学研究所所長)× 大澤真幸(社会学者)
下剋上の戦国時代の日本人は、「ベンチャースピリット」があったようですが、現代は「日本人って自己主張しないよね」「日本って保守的な国だよね」そんな言葉を耳にすることがあります。では一体、現代日本のヒト・文化・社会の特徴はいつ、どこで形作られたのでしょうか?
二人の論客は、いつの時代のどのような事象に、日本人の源を見るのでしょうか? そして、これからどのような変化を想定するのでしょうか?加速度的に進むグローバル化の中で、何を変え、何を守るのか、一緒に考えていきたいと思います。


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