記事・レポート
六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第1回
未来のヒントはアートにある? ~アートと社会~
南條史生×竹中平蔵が語る、アートの可能性
更新日 : 2016年09月07日
(水)
【前編】 現代人に求められるクリエイティビティ
六本木アートカレッジ・セミナー「これからのライフスタイルを考える」シリーズ。記念すべき第1回は、社会がますます複雑化する中で重要性を増している「アート」がテーマです。どの時代においてもアートは常にいま現在の社会、そして未来の社会を映し出す存在として、私たちに新たな視点を与えてくれるものでした。そんなアートをフックに、森美術館館長・南條史生氏と、アカデミーヒルズ理事長・竹中平蔵氏が、これからの私たちの暮らしや生き方を読み解いていきます。
スピーカー: 竹中平蔵 (アカデミーヒルズ理事長/東洋大学教授/慶應義塾大学名誉教授)
モデレーター:南條史生 (森美術館館長)
アートは未来を予見するのか?
竹中平蔵: 私は職業柄、海外で行われるさまざまな経済会議に出席してきましたが、そこでは必ず「アートイベント」が併催されていました。なぜ、こうしたことが行われるのか?
世界はいま、単一の知識だけでは解決できない複雑な課題・問題をたくさん抱えています。個人としても、変化し続ける厳しい環境の中で生きていかなければなりません。現代を生きる私たちが、日々直面する困難を乗り越えていくために必要なもの。それがクリエイティビティであり、中でもアートは欠かせない要素の1つです。先のアートイベントは、そのことを象徴しているのだと思います。
六本木ヒルズを創り出した故・森稔氏は、多くのビジネスパーソン、クリエイティブな人たちが集まる場所の最上階に、素晴らしい美術館を作られました。私たちの暮らし、人生にアートが必要であることをご存じだったのでしょう。今回はそんなアートと社会のつながりを通して、これからのライフスタイルを考えていくわけですが、まずは森美術館の南條史生館長から、アートの動向やその可能性についてお話しいただきます。
南條史生: 未来のヒントはアートにある。と言っても、それを証明することはできません。ヒントを得られるかどうかは、ひとえにアートの「読み方」次第だからです。いくつかの作品をご覧いただきながら、皆さんと一緒に「読み方」を考えていきたいと思います。
2004年、森美術館で開催した草間彌生さんの「クサマトリックス」展。《水玉強迫》と題されたこのインスタレーションは、バルーン型の巨大なオブジェをはじめ、床、天井、柱など、あらゆる場所が赤と白のドットで埋め尽くされています。壁は鏡張りで、のぞき込むとドットの世界が永遠に続いているような錯覚に陥ります。
私はよく、「もはやアートは彫刻でも絵画でもない」と言っていますが、これは作品をじっと鑑賞するような作品ではなく、身体を取り巻いた空間全体が作品となっています。草間さんには、「今回の展覧会は『鑑賞』ではなく、『体感』させたい」と依頼して、この作品が生まれました。
きわめて静かなものでは、自然や生命をテーマに活動する禅僧のようなドイツ人アーティスト、ヴォルフガング・ライプの《nature is a teacher》があります。広い空間の中、床一面に広がる黄色い物体は、数カ月かけて集められた膨大な量の「花粉」です。眩しいほどの強烈な色彩が印象的な作品です。
大自然を題材にしたランド・アートでは、ウォルター・デ・マリアの《The Lighting Field》が有名です。米国・ニューメキシコ州の荒涼とした砂漠の中に、1軒の小屋が建っています。その周囲1km×1mileほどの範囲に、高さ6mのステンレス製ポール400本が格子状に立てられています。ここは落雷の多い場所で、ポールが避雷針になっているわけです。
1977年の作品ですが、いまから10年ほど前に訪れた時、管理人に「これまでに何回くらい落ちましたか?」とたずねると、彼は「7回だ」と答えました。「これでは落雷の様子など、なかなか見られないだろうな」と落胆しながら外の見えるイスに座ると、そこに小さな紙が置かれてあり、「少なくとも24時間をこの小屋で過ごし、この風景を眺めること」と書いてありました。そこで私は納得したのです。つまり、『雷が落ちる様子を想像する』。それがこの作品の核心なのです。
ジャン・ワンは、中国の伝統的な庭にある「奇岩」をモチーフにした作品を数多く手掛けています。虎ノ門ヒルズの2階オフィスロビーには、《Universe29》という彼の作品があります。巨大な岩を数十メートルの高さから落とし、砕け散った岩を小宇宙に見立てた作品です。623個もの岩をステンレス・スティールでかたどり、磨き上げ、巨大な鏡面パネルにはりつけています。きわめてダイナミックな作品で、従来の彫刻の考え方を革新しています。
大自然を題材にしたランド・アートでは、ウォルター・デ・マリアの《The Lighting Field》が有名です。米国・ニューメキシコ州の荒涼とした砂漠の中に、1軒の小屋が建っています。その周囲1km×1mileほどの範囲に、高さ6mのステンレス製ポール400本が格子状に立てられています。ここは落雷の多い場所で、ポールが避雷針になっているわけです。
1977年の作品ですが、いまから10年ほど前に訪れた時、管理人に「これまでに何回くらい落ちましたか?」とたずねると、彼は「7回だ」と答えました。「これでは落雷の様子など、なかなか見られないだろうな」と落胆しながら外の見えるイスに座ると、そこに小さな紙が置かれてあり、「少なくとも24時間をこの小屋で過ごし、この風景を眺めること」と書いてありました。そこで私は納得したのです。つまり、『雷が落ちる様子を想像する』。それがこの作品の核心なのです。
ジャン・ワンは、中国の伝統的な庭にある「奇岩」をモチーフにした作品を数多く手掛けています。虎ノ門ヒルズの2階オフィスロビーには、《Universe29》という彼の作品があります。巨大な岩を数十メートルの高さから落とし、砕け散った岩を小宇宙に見立てた作品です。623個もの岩をステンレス・スティールでかたどり、磨き上げ、巨大な鏡面パネルにはりつけています。きわめてダイナミックな作品で、従来の彫刻の考え方を革新しています。
アートが内包する、破壊と創造
南條史生: 現代アートには、その時代の社会情勢を反映した、ジャーナリスティックな視点を持ったものがたくさんあります。それは、アートの根底に流れる批判精神から来ていると思われます。目の前に存在するものを批判することは、その一方で、より良いものを想定している、ということも意味しています。つまり、批判というものは、常に創造と裏腹の関係にあります。
例えば、「ものを作る」を考えてみましょう。大理石の塊があり、彫刻家によって美しいビーナス像が彫られた時、私たちは「ものを作った」と捉えます。しかし、視点を変えれば、「石を壊した」とも言えます。新しいものを作ろうとすれば、目の前にあるものを壊すことも避けられないわけです。
物事を批判的に見ようとすれば、社会、政治、経済、日々の暮らしなど、あらゆるものが批判の対象となります。とはいえ、あまりに直截的な表現は、アートとしてはあまり面白くない。優れたアートは、比喩的・暗示的に表現することが多いものです。
2012年、森美術館でアラブの現代アートを紹介する「アラブ・エクスプレス展」を開催しました。その中の1つ、レバノン人アーティスト、アクラム・ザアタリの《Saida June 6, 1982》。この写真は、レバノン・ベイルートに暮らしていた彼が、16歳の時に自宅から撮影したものです。ある日、お父さんにカメラの使い方を習っていたら、突然、イスラエル軍の空襲が始まり、爆弾が丘の上に落ちた。それを最近見つけて作品にしたものです。実はよく見ると、別の時間に撮影した複数の写真をつなぎ合わせており、自分の見たいくつかの風景を一枚の写真のように再現しています。
ということで、少し社会性のある作品を、2016年春から開催した「六本木クロッシング2016展:僕の身体(からだ)、あなたの声」より紹介します。自分と他者、意識と身体、あるいは性別、人種、民族、社会、健常者と障がい者、LGBT、そして過去・現在・未来。そうしたものを問い直すような展覧会です。
フォトグラファー・石川竜一さんは、沖縄で3,000ものポートレートを撮影されています。今回は年齢や性別、職業もまったく異なるさまざまな「顔」を取り上げていますが、沖縄という場所にまつわるさまざまな要素だけでなく、“いま、そこにある”沖縄の姿が垣間見えます。
藤井光さんの《帝国の教育制度》は、1940年代、アメリカ軍が軍政下の日本の教育制度を研究するために制作した記録映画と、それをもとに韓国で大学生と一緒に行ったワークショップの様子を組み合わせた映像作品です。アメリカの視点で描かれる軍政下の日本、それを見る現代の韓国の若者たち。その映像が淡々と流れるだけで、結論めいたものは一切語られていませんが、色々と考えさせられます。
片山真理さんの《you're mine #001》。片山さんは両脚義足のアーティストですが、ほとんどの作品で自分自身を主題にしています。「六本木クロッシング2016展」には、こうしたアイデンティティやダイバーシティの意味を問い直すような作品が多数登場しています。
エンタテインメント性の高いものとしては、2009年の「六本木アートナイト」で披露されたヤノベケンジさんの《ジャイアント・トらやん》でしょう。全長約7mの巨大ロボットで、1時間に1回、口から炎を噴き出します。非常にユーモラスな作品ですが、実はこの作品の背景には、チェルノブイリ原発事故に由来するストーリーが含まれています。
なお、2016年の六本木アートナイトは10月21~23日に開催されます。毎年春の開催でしたが、今回は初めて秋の開催となります。実は同じ時期、六本木ヒルズではスポーツと文化の国際会議「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」(10月19~22日)、さらに世界経済フォーラム(ダボス会議)のヤング・グローバル・リーダーズ年次総会も開催されます。竹中先生が言われていたように、国際会議と同時に大規模なアートイベントを開催する態勢がとれたのは、良かったと思っております。
該当講座
六本木アートカレッジ 未来のヒントはアートにある?~アートと社会~
南條史生(森美術館館長)×竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長)による対談。
社会や私たちの生活・価値観が大きく変わろうとしている今、未来を考えるヒントがアートに潜んでいるのではないでしょうか。そして私たちに新しい視点やモノの見方、捉え方を指南していることもあります。アートの持つ社会的な側面について多角的に議論を深め、ビジネスマンが豊かな人生を持つために何をすべきかを考えていきます。
六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第1回
未来のヒントはアートにある? ~アートと社会~
インデックス
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【前編】 現代人に求められるクリエイティビティ
2016年09月07日 (水)
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【中編】 最新のバイオアートが投げかける「問い」
2016年09月14日 (水)
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【後編】 アートの「読み方」とは?
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