記事・レポート
Quo Vadis, Iaponia?
戦後70年、その先を読む~ブックトークより
カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2016年06月22日
(水)
第6章 戦後の大衆文化史
銀幕に映し出された光と影
澁川雅俊: 2015年に発刊された〈戦後70年本〉は、政治、経済、社会、思想にわたる体験や考察を記したものが数多くありました。一方、この間の文化や娯楽、つまり生活にゆとりを求める心情について語っている本は、さほど多くはありませんでした。その中からいくつか拾い上げてみましょう。
2015年末、戦前・戦中・戦後の銀幕を飾った女優、原節子の訃報が届きました。1963年、43歳の若さで引退したため、おそらく若い人たちには彼女の美貌と名演技は知られていないでしょう。文芸評論家・川本三郎の『映画の戦後』〔七つ森書館〕は、原節子を含め、銀幕を飾った俳優や女優、名監督の評伝を連ねて、戦後の日本映画の変遷を語っています。
戦後の日本人は、日本映画だけでなく、米国映画の熱烈なファンでもありました。後半部では、日本で人気を博した米国映画についても詳しく書かれています。著者は「日本映画は“悲しみ”を描き、アメリカ映画は“個の誇り”を描いてきた」と述べています。私たち日本人は戦争、敗戦、自己喪失という大きな悲しみから立ち直る中で、日米映画それぞれに光と影を見いだし、相剋もなく鑑賞してきたのでしょう。なお、著者は終戦後から60年代に上映された米国サスペンス映画の評論集『サスペンス映画ここにあり』〔平凡社〕も出しています。
サブカルチャーの勃興
澁川雅俊: 戦後に発展を遂げた日本のサブカルチャーに「漫画」があります。『廃墟の残響 戦後漫画の原像』〔桜井哲夫/NTT出版〕は、戦前に生まれ、戦時の重圧を感じ、空襲を生き延びた少年、兵士として戦った若者たち(水木しげる、手塚治虫、赤塚不二夫、白土三平など)が、惨憺たる風景や荒んだ人情を乗り越えるべく一途に描きまくった漫画と、それらを読みまくった日本人を通じて、戦後日本を再確認しています。
『戦後サブカル年代記』〔円堂都司昭/青土社〕には、「日本人が愛した『終末』と『再生』」という副題が付けられており、「ゴジラ」「ノストラダムスの大予言」「宇宙戦艦ヤマト」「AKIRA」「風の谷のナウシカ」「新世紀エヴァンゲリオン」「進撃の巨人」など終末と再生を描いた作品を取り上げつつ、70年代以降のサブカルチャーの勃興と展開をまとめています。日本人は先の戦争はもちろん、戦後も世界各地で起こる戦争や紛争、災害や環境破壊などを目の当たりにしてきました。それらに対する私たちの想いが、小説や漫画、映画にどのように影響し、表現されてきたのかを追っています。
同書と重なるのが、戦後のサブカルチャーを子どもたちの目線で追った『子ども文化の現代史』〔野上暁/大月書店〕です。本書に登場するのは、戦後の紙芝居やドラマ『鐘の鳴る丘』にはじめ、特撮もの、ファミコン、妖怪ウォッチ、アナと雪の女王まで。子どもたちを惹き付けてきた漫画やおもちゃ、遊戯の数々を時代順に取り上げ、それらが流行った当時の世相、もてはやされた理由などをエピソードを交えながら記述しています。
『居酒屋の戦後史』〔橋本健二/祥伝社〕は、戦後闇市の屋台からチェーン店まで、戦後70年の大衆飲み屋をつぶさに調べ、飲み屋商売と酒飲みの実体を考察しています。著者は階級・階層の有り様を研究する社会学者であり、文章は平易ながら、そのアプローチは学術的です。居酒屋調査はフィールドワークの積み重ねが基本となりますが、著者は1959年生まれですから、さすがに戦後闇市のカストリ屋台のあやしい雰囲気に触れることはなかったでしょう。
答えはそれぞれの中に
澁川雅俊: 2015年に出された〈戦後70年本〉から感じたのは、それらの多くが過去の事実の考察と問題点の究明に汲々とするあまり、「では、これからどうするの?」という本質的な問いに対して淡白だったのでは、という想いです。
この問いは、戦後70年をすべて生き抜いた人たちよりも、その後の豊かな時代に生まれた人たちにとって重要になります。なぜなら、こうした人たちが想いを馳せる先には必ず、“未来の他者”がいるからです。
私たちの歴史は戦前と戦後の間で分断したわけではなく、いまに至るまで連続しており、この先もずっと続いていきます。今回取り上げた本は総じて、「書かれた過去の事実と語られた想いをデータに、そこから意味ある情報を見いだし、『問い』の解を自分で導き出しなさい」と示唆しているようです。所詮、本の役割はそれに尽きるわけですが、いささか素っ気ない印象も拭えません。
ある新聞の2016年元旦号に、「戦後71年 表現と平和を考える」と題する新春対談が掲載されました。1945年生まれの女優・吉永小百合と、1936年生まれのイラストレーター・和田誠の対談です。2人の主張はこう読み取ることができるでしょう。
「たしかに先のことはよくわからないけれども、前後左右、縦横斜め、身の回りのことをしっかり見つめて、何が起っているかを確認し、それが何であってもいじけない、あきらめないで自分の想いを声に出し、勇敢に振る舞うことだ」。(了)
関連書籍
映画の戦後
川本三郎七つ森書館
サスペンス映画ここにあり
川本三郎平凡社
廃墟の残響
桜井哲夫NTT出版
戦後サブカル年代記
円堂都司昭青土社
子ども文化の現代史
野上暁大月書店
居酒屋の戦後史
橋本健二祥伝社
Quo Vadis, Iaponia?
インデックス
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第1章 我々はどこから来て、どこへ向かうのか?
2016年06月01日 (水)
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第2章 戦後70年を俯瞰する
2016年06月01日 (水)
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第3章 過去と現在をつなぐ、想いとことば
2016年06月08日 (水)
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第4章 2つの「記憶」から戦後をたどる
2016年06月08日 (水)
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第5章 私たちはどこで間違えたのか?
2016年06月22日 (水)
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第6章 戦後の大衆文化史
2016年06月22日 (水)
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