記事・レポート

ハコモノ行政は、デザインで変えられる

建築家・谷尻誠と「ONOMICHI U2」の出会い

更新日 : 2015年09月30日 (水)

第8章 人の思いや気持ちに寄り添う建物


 
たくさんの人を巻き込む意義

高橋俊宏: 建築家は、単純にカッコ良い建物をつくるのではなく、使用者のニーズや使い方から根本的な目的やコンセプトを固め、使いやすさ、快適性、機能性などを考えていくのだと思います。僕も日本全国、様々な建物を見てきましたが、行政が提供する建物と使用者のニーズが乖離しているケースはとても多いと感じています。「ONOMICHI U2」を見ると、行政としても従来のルールや仕組みに拘泥せず、センスと才能のある方にお願いすることも、有効な方法だと感じるのですが。

谷尻誠: 使用者のニーズという意味では、僕はいつもスタッフに向けて「スーパー素人になろう」と言っています。たしかに、プロである建築家がプロの目線から提案することは大切です。しかし、建築家のこだわりが詰まった提案が、一般の人にはまったく理解できないこともある。さらに、その提案が、使用者の快適性や心の豊かさにつながっていないケースもたくさんあります。

ならば、僕はプロになりきれないスーパー素人になりたいと思いました。「もっと、世の中にこういうものがあったらいいのに」「この建物は、もっとこうしてくれたらいいのに」。ある意味、クレーマーになるかならないかの瀬戸際に立つ、究極的な素人の視点で発想する。設計に携わり始めた頃から、使用者の視点に立ち、その思いや気持ちに寄り添う建物を設計したいという思いを持っています。

最近は少しずつソフト・ハード双方に関わる案件が増え、こうした思いを形にすることができています。また、社会の動きを見ても、企画段階から多くの関係者を巻き込みながら進めるプロジェクトが増えており、「そのほうが良いものができる」という流れが出てきたように思います。

高橋俊宏: 海外の状況はどうなのでしょうか?

谷尻誠: 例えば、我々がいま携わっているオーストラリア・キャンベラのプロジェクトは、アパートメント、オフィス、商業施設などを併せ持つ、総面積5万㎡ほどのプロジェクトです。元々は行政の敷地ですが、最初の段階から地元住民など様々な関係者を巻き込みながら、時間をかけて議論してきました。

従来のプロジェクトは、できる限り少ない関係者だけで議論していました。面倒な話が減り、スムーズに進むからです。しかし、スムーズに進んで喜ぶのは、単純に建物を提供する側の人だけです。そうなれば、使用者のニーズに合致しない結果も生まれやすくなります。

多くの人を巻き込めば、時間も手間も確実に増えます。しかし、使用者の視点を最大限取り入れることができれば、あえて大変な方向を選んだほうが、本当に喜ばれるもの、あるいは新しい価値を持つものを生み出せる可能性は高くなります。

高橋俊宏: 本当にそう思います。たくさんの方々に「ONOMICHI U2」のような好事例を知っていただくことで、今後、社会の流れを少しでも良い方向に変えていきたいですね。


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