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野中郁次郎氏が語る、未来を経営する作法~美徳のイノベーション~

VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar

更新日 : 2010年10月04日 (月)

第6章 一回のチャンスで、本質を見極めよ

野中郁次郎氏

野中郁次郎: 賢慮型リーダーシップの能力の3つ目は「ありのままの現実を直感する能力」です。これも「共同化」と深く関わってきますが、現実の個別具体のただ中で、時々刻々と変化する現実を直視するということです。

再現可能な物理学の実験なら普遍化できます。しかしマネジメントの世界は人間の現象が基本なので、同じことは二度と起きません。ラタン・タタの例でもわかるように、雨のムンバイで人を大勢乗せたスクーターを見たという一回の機会の中で、本質を洞察できるか。それは限りなく細部にこだわることだと思います。

精神病理学者の木村敏は、現実という言葉には「アクチュアリティ(actuality)」と「リアリティ(reality)」という2つの意味があると言いました。語源がアクション(action)である「アクチュアリティ」は、進行しているコトの中で身をもって経験する現実を指します。主体と客体は分離できず、対象化できないので科学ではなかなか扱えません。もう1つの「リアリティ」は、相手をきちんと対象化して因果律を明確にし、科学的、分析的に扱う、いわゆるモノの世界です。

本田宗一郎は「対象に棲み込む」と言いました。例えば、コースでバイクに乗っているライダーに目線を合わせて、五感を駆使して直感するわけです。すると「あのカーブを切るには、こうすればいい、そのためには製品をどうすればいい」と、次々に仮説がひらめいてくる。これが現実世界で本質を直感するということだと思います。

能力の4つ目は「本質を概念に変換する能力」です。背後にある本質は見えませんから、徹底的に考え抜く、あるいは対話して、ミクロの直感を大きな構想力と関係づけて抽象化、概念化、仮説化、あるいは物語化する。その能力です。

5つ目、「概念を実現する」には、情熱と勇気、そして胆力が必要です。創造性と効率性、品質と価格など、すべては矛盾の塊ですから、矛盾に耐えながら執拗に実現していく不屈の精神、パワーマネジメントが重要です。

その場合の対話方法は、否定を入れながら高めるのか、あるいは否定を入れず、とにかく意見をすべてブレーンストーミング的に受け入れて、全体の中で発展させるのか。いずれにしても、共同主観性を成立させる対話法になるだろうと思います。

賢慮型リーダーシップの6つ目は「賢慮を伝承・育成する能力」です。これまでの能力を一人の実践知にとどめず伝承・育成する、あるいは組織の実践知に練磨し、体系化する。そういう能力が問われます。これができれば、何が起こってもリアルタイムに対応できる、しなやかな組織ができます。
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野中郁次郎 (一橋大学 名誉教授)

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2007年の『ウォール・ストリート・ジャーナル』誌で「The most influential business thinkers(最も影響力のあるビジネス思索家トップ20)」に選出された野中郁次郎氏のご講演です。


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