記事・レポート

名画は語る

優れた絵画は、優れた物語を生む~ブックトークより

更新日 : 2018年09月14日 (金)

第5章 桃山~江戸時代を彩った名画の物語


等伯、友松、若沖

澁川雅俊:  ここからは日本の名画にも目を向けてみましょう。

最初は、長谷川等伯《松林図屏風》(国宝/六曲一双)と、海北友松《雲龍図》(重要文化財/八幅)です。安部龍太郎は『等伯〈上・下〉』〔日本経済新聞出版社〕で、武家に生まれながらも画道に進み、運命に翻弄され続けた等伯の苦悩と葛藤、そして、壮絶な生涯の集大成となる《松林図屏風》が完成するまでを重厚な筆致で描いています。かたや《雲龍図》は、友松が数年がかりで完成させた、全50面からなる建仁寺方丈障壁画(襖絵)の1つです。葉室麟は『墨龍賦』〔PHP研究所〕を通して、本能寺の変など戦国史を絡めつつ、雄壮な龍を生み出した絵師の謎多き人生を推理しています。

次は、神秘的かつ奇抜な作風で人びとを魅了する絵師、伊藤若冲を取り上げた小説を2編。澤田瞳子は『若冲』〔文藝春秋〕で、孤独や愛憎など天才絵師の創作の背景を細やかに描写しています。また、河治和香は『遊戯神通 伊藤若冲』〔小学館〕で、絵師に思いを寄せる一人の少女の目を通して、‘奇’を描き続けた天才絵師の素顔に迫っています。

『江戸おんな絵姿十二景』〔文藝春秋〕は、昭和を代表する作家・藤沢周平が12葉の美人浮世絵を選び、人情味あふれる12の短編を創作したものです。各話には12の月に合わせたタイトルが付され、それぞれの季節と符合する女性の心情が情緒豊かに綴られています。鈴木春信《雪中縁端美人》、喜多川歌麿《傘さす男女》など、創作の原点となった浮世絵も収録されています。


写楽、北斎、応為

澁川雅俊:  江戸中期、歌舞伎役者の大首絵をもって颯爽と現れて民衆の寵児となり、短期間で140点余を制作するも、その後こつ然と姿を消した絵師、東洲斎写楽。版元となった蔦屋重三郎をはじめ、歌麿など同時代の絵師、交友のあったとされる山東京伝、恋川春信、十辺舎一九、滝沢馬琴らも、その実像を明かしていません。そのため、この謎多き絵師については数多の本が著されてきましたが、『写楽~閉じた国の幻』〔島田荘司/新潮社〕では、大胆にもその正体を長崎出島のオランダ人絵師と仮想し、本格的なミステリーに仕立てています。

写楽はもとより、歌麿や広重らとも並び称される浮世絵師・葛飾北斎。《富嶽三十六景 凱風快晴》などを遺したこの絵師は90歳まで絵筆を振るい、奔放で自我が強いという面をもつことからエピソードにも事欠かなかったことから、多数の関連本が出版されています。

『小説 葛飾北斎』〔小島政二郎〕は、初出が1964年という古い作品ですが、2015年に上下巻で復刊されました。本書では、家族や交流のあった人びとの目を通して、人間として成長していく絵師の姿が、軽妙洒脱な江戸言葉で描かれています。とりわけ、写楽とのかかわりや、絵師仲間を取り巻く江戸おんなの艶やかで生き生きとした描写が、物語にふくらみを与えています。

最近刊行されたものでは、北斎の娘であり、同じく絵師であった葛飾応為(お栄)や、弟子の美人画絵師・渓斎英泉、シーボルトのおかかえ絵師・川原慶賀など、周囲の人間模様から北斎像を浮かび上がらせた小説『北斎まんだら』〔梶よう子/講談社〕も出版されています。

応為については、父・北斎に「美人画では敵わない」とまで言わしめた画才の持ち主であり、西洋画に通じる陰影表現と描写の巧みさから、近年は‘江戸のレンブラント’とも称されています。伝記小説『眩(くらら)』〔朝井まかて/新潮社〕では、離縁されて出戻った後、父の右腕として画業を支えた応為の生涯を、閨秀作家が綿々と描き出しています。

特に、応為の晩年は不明確なのですが、『シーボルトの眼—出島絵師 川原慶賀』〔ねじめ正一/集英社〕では、前述した長崎出島の絵師・川原慶賀と結ばれたとしています。はたして、その真相はいかに?(了)

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【アペリティフ・ブックトーク 第42回】
名画は語る~優れた絵画は優れた物語を生む (19:15~20:45)
【アペリティフ・ブックトーク 第42回】 名画は語る~優れた絵画は優れた物語を生む (19:15~20:45)

今回は、歴史に名を刻む“名画”にまつわる書籍をテーマにしたブックトーク。
ライブラリーフェロー・澁川雅俊が、最近多く出版されている“名画もの”にまつわるさまざまな書籍を取り上げ、「名画と書籍」を自在に行き来して語ります。