記事・レポート

名画は語る

優れた絵画は、優れた物語を生む~ブックトークより

更新日 : 2018年09月14日 (金)

第3章 名画が秘める情念と恐怖


未解決事件の真相に迫る

澁川雅俊:  19世紀パリの華やかさを象徴する《ムーラン・ルージュ》。そのポスター画などで有名な画家、ロートレックの作品にまつわる小説もあります。

『マルセル』〔髙樹のぶ子/毎日新聞社〕は、実際に日本で起こった未解決事件をテーマに、ひとりの女性新聞記者がその真相を追う物語です。本筋は絵画をめぐるミステリーですが、主人公の恋愛や両親の秘密なども絡めつつ、京都、東京、パリへと舞台を移しながら物語は展開します。ちなみに、実際に起こった事件の顛末は次のようなものでした。

1968年末、京都国立近代美術館で開催された「ロートレック展」の最終日、フランスから貸し出された《マルセル》がこつ然と姿を消す。3日後、美術館に近い自転車置き場で、額縁と犯人のものらしき足跡だけが発見される。その後、国際的な捜査が行われるが、7年後の1975年末に時効が成立。ところが翌年1月、大阪の会社員夫婦から「知人から預かっていた絵が『マルセル』かもしれない」との連絡が新聞社に入る。思わぬ形で発見された名画は無事に本国へと戻された一方、時効のためにそれ以上事件の追及は進まず、真相はいまだ謎のまま……。

歴史の悲喜劇を描いた名画

澁川雅俊:  名画と言えば、愛する人や時の権力者などの肖像画も多数あります。辻邦生は15、16世紀の画家が描いた12の肖像画から、当時の人びとの‘情念’を想起し、『十二の肖像画による十二の物語』〔PHP研究所〕という掌篇集を編んでいます。各章には、鬱(ふさ)ぎ/妬み/怖れ/疑い/傲り/偽り/謀み/驕(かたぶ)り/吝(しわ)い/狂(ものぐる)い/婪(むさぼ)り/誇りという題が付され、それぞれに人間の悲喜劇が描かれています。

たとえば、ホルバイン《エラスムスの肖像》(奢り)では、彼が雇った粗朴な女中にまつわる物語を、ブロンツィーノ《ラウラ・バッティフェルリの肖像》(驕り)では、若き恋人と一夜を過ごす前の貴婦人を、ヴェネト《婦人像》(誇り)では、官能美を覆い隠す男装の美女の物語を、といった具合に仮構の世界を創り上げています。

西洋文化史研究家の中野京子は‘恐怖’という観点から、名画の新たな楽しみ方を提案しています。その著書『怖い絵〈1~3〉』〔朝日出版社〕、『新 怖い絵』〔KADOKAWA〕では、50におよぶ西欧の作品を取り上げ、それらの背景に隠された‘怖い’歴史や人間ドラマを解説しています。この著者は熱愛・悲恋、戦争の狂気、人生の絶頂と悲劇など、名画の背景にある運命の一瞬を画家と鑑賞者の視点から語った『運命の絵』〔文藝春秋〕も出版していますが、いずれの解説も小説と同じように‘物語’として楽しめます。

『読書する女たち~十八世紀フランス文学から』〔宇野木めぐみ/藤原書店〕は、小説ではありませんが、18世紀のフランス小説に描かれた「小説を読む女性像」を考察しています。当時は「淑女にとって書籍、特に小説は有害」とされていたなか、本書の表紙に選ばれたフラゴナール《読書する女》のように、女性たちはひそかに小説を読みふけっていたようです。

もう1つ、変わり種をご紹介しましょう。茶トラのぽっちゃり猫を抱いた《モナ・リザ》が表紙を飾る『ファット・キャット・アート~デブ猫、名画を語る』〔S・ペトロヴァ&ツァラトゥストラ/エクスナレッジ〕です。ボッティチェッリ《ヴィーナスの誕生》、ミケランジェロ《アダムの創造》、フェルメール《牛乳を注ぐ女》など、さまざまな名画に茶トラのぽっちゃり猫を紛れ込ませたパロディ本で、その横にもユーモアあふれる解説が添えられています。

該当講座


【アペリティフ・ブックトーク 第42回】
名画は語る~優れた絵画は優れた物語を生む (19:15~20:45)
【アペリティフ・ブックトーク 第42回】 名画は語る~優れた絵画は優れた物語を生む (19:15~20:45)

今回は、歴史に名を刻む“名画”にまつわる書籍をテーマにしたブックトーク。
ライブラリーフェロー・澁川雅俊が、最近多く出版されている“名画もの”にまつわるさまざまな書籍を取り上げ、「名画と書籍」を自在に行き来して語ります。