記事・レポート

Seminar Report
個に向き合い、個を解放する
『美しいと信じたものを貫くということ』

Unveiling of the Black Coat!

更新日 : 2022年02月15日 (火)

後編:制約から解放されたファッションの未来

デザインに余白とギャップをつくる
中里:オリィさんのカフェにお伺いした時、バリスタロボといってコーヒーを入れて下さるロボットがいたのですが、そのロボットがエプロンを付けていました。ボディ自体は硬質な質感のロボットなのですが、その上に布のエプロンを纏っていて、「このロボットはバリスタである」ということが伝わったり、より親近感を覚えたことが印象的でした。先ほどの話とも近いのですが、ロボットのデザインと、更にその上に服を纏うべきなのかということに関して、オリィさんはどのようにお考えでしょうか。

オリィ:「不気味」と「可愛い」の境目というのは私の中で1つのテーマですが、人の心が動かされる瞬間というのは「こうであろう」と思いかけた時に、それが覆された瞬間かなと思っています。要するに第一印象からのギャップですよね。ですから、オリヒメも店員と同じエプロンを付けていることによってギャップを作り出せるな、と考えてはいました。ただ、初めからデザインはしないでおこうと。

そこでどういうギャップを与えるかは使う人次第ですから、あえてちょっと物足りない感じにしてあります。実際、色んな方々が有志でオリヒメの服を作って販売もされていらっしゃいますし、ご本人が入院されていて自分の体で外に行くための服は買えないけれども、オリヒメの服は沢山買っているという方もいらっしゃいます。この前はハロウィンだったのでカフェ全体でコスプレをしたのですが、面白いことに「11月になりましたので、皆さん元のロボットに戻って下さい」と言うと、脱ぐのが恥ずかしいと言い始めました。初めから裸だったはずなのに、一度服を着ると服を脱ぐのが恥ずかしいと感じるらしいのです。

中里:面白いですね。デザインする時に完全に作り込むこともできると思うのですが、あえて何か乗せる余白を用意しておくというのは面白い考え方だなと思いました。それから、カフェには肩に乗せるタイプのロボットもあって、もはやロボットを纏っているようにも見えました。あれは非常に面白いアプローチだと感じたので、詳しくお伺いできたらと思います。

オリィ:あれはロボットを着るというよりは、ロボットを操っている友人を着るという、ウェアラブルフレンズですね。服が褒められたら自分も嬉しいものですが、友人という服を誉められた場合は、自分も嬉しいし友人も嬉しい。嬉しさが二倍ではないかと。これは「ボディシェアリング」の1つで、元々は目の見えない方と外出できない方が、お互いに、「連れ出してあげている」、「見てあげている」という対等な関係で助け合えることをイメージして作ったものです。今後、外出する時は常に友人に喋っていたりとか、将来体が動かなくなった時に、誰かの服に宿って喋ることができたりするかもしれません。

デジタルファッションの可能性と課題
中里:ファッション業界では今、環境の負荷の問題が指摘されていて、そういった観点からも、バーチャル上のファッションの可能性にも注目が集まっています。先ほどもオリィさんのお話にもありましたが、自由に自分の身体をデザインでき、なりたい自分になれる世界がある現代では、今後どのようなことが起き、どのような価値観になっていくのか。お二人のご意見をお伺いしたいと思います。

宮田:今までのファッションは女性がメインストリームでしたが、それはなぜかというと、男性の身体が直線的でつまらないから、と多くのデザイナーは語っています。バーチャルのアバターは、まさにこの身体の限界を越えられますよね。更に言えば、もはや人間でなくてもいいかも知れない。そこに新しい社会と向き合う為のインスピレーションがあるのではないでしょうか。

中里:私も、バーチャルファッションを考えていく中で、もしかしたらフィジカルの社会自体ももう少し自由な装いをしてみよう、といった意識の変革が起きるのではないか、と期待しています。個人的には、完全にバーチャルの世界に行き切るというよりかは、良い相乗効果があると良いなと思っているのですが、もっと先の未来では、究極的にはこの肉体にどういう意味が残るのか、という問いもあるかもしれません。この辺りオリィさんはどのようにお考えでしょうか。

オリィ:私はもはやデジタルの住民ですよ。多分モニターを見ている時間の方が、見ていない時間と比べても長い気がしますし、我々は朝起きてカーテンを開けるより先に、まずスマホを確認しますよね。だからもはやリアルは帰るところではなくて、行くところになっています。我々は既に、自分の1つの端末として現実の肉体を持っていると言ってもいいかもしれません。昔からYahoo!アバターというものがありましたが、それも最初のビジネスモデルはファッションでした。今はフォートナイトのようなゲームでもデジタル上の服を売買しています。要はデジタル的な情報を売ってお金を回す時代にシフトしているのを見ていると、少なくとも我々の感性的な次元では、このまま進化して行くと充分デジタルの世界で生きていけるだろうなとは考えています。ただ、多分私よりも年齢が上の方々は、デジタルに接続されていない時代の良さも知っていらっしゃるだろうと思います。今生まれてきている子供達に対して、ネットに接続されていない生身で歩く時の感動をいきなり伝えることはできないので、それをどう融合させていくかというところが問われる時代になってくるのではないでしょうか。

制約から解放されたファッションの未来
宮田:オリィさんが仰ったことに私も全面賛成ですね。デジタルで繋がる価値観が一体どう変わっていくのか、ということを考えた時に、1つの手がかりが植物にあります。それはまさに共有という在り方です。動物は植物が生み出す資源をいかに消費するか、奪い合うか、というところで進化をしてきて、我々人間も競い合うことをモデルとして、経済や社会を考えてきました。しかし、Z世代、α世代はデジタルを媒介することで、生まれた瞬間から世界に繋がっています。彼らは自分と世界を響き合わせたうえで、そこにどのように貢献できるのか、何を与えられるのかという、ある種植物的と言えるような感覚を持ち始めているのです。そして、その時に個は消失するのではなく、逆にその個体が持っている限界や制約がとても貴重な個性に、いわゆる「よすが」になっていくのではないでしょうか。人の自我というものは、好きな物、嫌いな物といった一連の執着、制約の積み重ねですので、そういった個としての限界があって1つの方向性が生まれ、身体性ゆえに感じられるものも残るのではないかと。その中で、ファッションの持つ意味も、かつての意味合いとはまた違ったものになるのかもしれません。世界との繋がり、という観点は今、倫理的な側面から要請されているところも強いのですが、いわゆる繋がりそのものを我々がどのように示していくかということも、もしかしたらファッションの新しい役割になっていくのではないでしょうか。

中里:私も、制約が自我を創り出していくという点は、ファッションにおいてはとても重要なテーマかなと思っています。バーチャルがフィジカルと大きく異なる点として、私の中で3つあるのは、まず重力が無くて、身体が自由になっていくこと、羞恥心のようなものが消失していくこと、そしてコストの概念が異なることです。この3つの解放によって、ファッションの概念は大きく転換するのではないか、そこから圧倒的に多様で自由なファッションが生まれ、そこで繋がる人と人の個性の新しい在り方が生まれ始めていて、これが実際の現実社会を引っ張っていってくれるのではないかと思っています。

自分、社会、未来を繋ぐ
中里:最後に、お二人は様々な社会の課題と向き合われていると思うのですが、現在取り組まれていることや、もしくはこれから取り組んでいきたい新しいテーマがありましたら、教えていただければと思います。

オリィ:私が今一番関心を持っているのは、「自分らしくあるとはどういうことか」という問題です。自分らしさというものは、それぞれで変わりますよね。眠い時の自分らしさと、朝起きた時の自分らしさは異なりますし、空腹のときと満腹のときの自分らしさも違う。では「自分とは何か」と考えると、その瞬間、瞬間に自分が選択できるかどうか、ということかなと考えています。言い換えれば、選択肢がある状態です。体が動かなくなった後にも、その選択肢をいかに得続けられるか、残し続けられるかということを考えています。今ALSの患者さんと一緒にお仕事させていただいていますが、例えば、彼らが、将来は自分の体の介護を自分でやりたいと感じていると。であれば、それを何とか実現できる方法を作りたいと思いますし、他人にアウトソースする部分があるとすれば、代わりに自分も何かお願いされるような選択肢を作っておけないか、と考えます。分身ロボットカフェはその実験ですが、これはスタートにすぎません。自分の体が動かなくなり、何も世界に提供することが出来ないような状態においても、その自分を面白がって周りにどういった人が残るのか、どのような人が周りに居てくれたら自分の最後は嬉しく思えるのか、そういったことを考えながら、研究を重ねていきたいな、という風に思っております。


宮田:はい。これは少し前に発表したのですが、私は今、飛騨高山という場所に新しい大学を作っています。教育だったり、建築だったり、あるいはその町全体を色々な方々と一緒に作ることを通して、人と人、人と世界を結ぶデザインというものを考えていきたいと思っています。大学を開学するだけではなくて、街作りや地域の資源、飛騨であれば森林資源といった、そこで生きる人達が大事にしているものをデータで明らかにしながら、関わってくれる人たちの価値と響き合わせて新しい地域を作る。そういったチャレンジを今進めています。1つのキャリアを懸けてこういった地域と未来を結ぶ仕事をしたいなということを考えていますし、是非お二人とも何か連携できればと思っております。

中里:本日は、お二人がそれぞれの専門性を介して切り開こうとしている未来に触れ、私自身の学びと刺激になりました。私もファッションを通して未来に貢献できるよう、これからもお二人との連携を深めながら活動を続けていけるといいなと思いました。ありがとうございました。
 

左から中里唯馬さん、唯馬さんデザインの黒衣を着る吉藤オリイさんと宮田裕章さん

▼YUIMA NAKAZATO | Spring/Summer 2022コレクション ライブストリーミング
中里唯馬さんの11回目となるコレクション。日本時間2022年1月27日19時より行われた2年ぶりとなるパリでのショーの様子も、ぜひご覧ください。

Seminar Report
個に向き合い、個を解放する
『美しいと信じたものを貫くということ』 インデックス