記事・レポート

66ブッククラブ第2回

『暗号通貨VS.国家』を読む

更新日 : 2019年07月16日 (火)

第2章 身体モデルから遠くはなれて

アカデミーヒルズとコンテンツレーベル「黒鳥社」のコラボレーションによって始まった、新しいタイプの読書会「66ブッククラブ」。6月6日に開かれた第2回では、気鋭の経済学者・坂井豊貴氏による『暗号通貨VS.国家』を取り上げた。社会選択理論やマーケットデザインの研究で知られる坂井氏が、なぜいま「暗号通貨」なのか? その秘密は、どうやら暗号通貨が実現している新たな「制度」にあるらしい。坂井氏本人とデザインシンカーの池田純一氏をゲストに招き、黒鳥社 コンテンツディレクター若林恵氏のファシリテートのもと議論を繰り広げた読書会は、この本が単なる「暗号通貨」の本でも「経済」の本でもないことを明らかにした。

TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
PHOTOGRAPH BY MASAMI IHARA

池田純一(コンサルタント / Design Thinker)


坂井豊貴『暗号通貨VS.国家』は、「暗号通貨VS.国家」を説く本ではない。前回のレポートで紹介しているとおり、坂井氏は『リバタリアニズム』や『社会契約論』を通じて暗号通貨の実現する新たな制度の可能性を明らかにした。

第1回に引き続きゲスト読者として参加したデザインシンカーの池田純一氏は、坂井氏の議論に呼応しながら新たな国家や政府のあり方について語った。坂井氏が紹介した『リバタリアニズム』と結びつけながらまず最初に池田氏が紹介したのは、デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』だ。

「日本ではリバタリアニズムが無政府主義やアナルコ・キャピタリズムのような文脈で紹介されてしまいましたよね。しばしば無政府主義は政府を転覆させたり政府から逃げたりするものだと考えられてしまっていますが、坂井さんも反国家じゃなく非国家と言っているように、本当はそうじゃないことをデヴィッド・グレーバーが明らかにしているんです」

池田氏はそう語り、グレーバーが明らかにした「非国家」な社会のあり方を紹介する。本書においてグレーバーが「アナキズム」として紹介している象徴的な事例のひとつが、マダガスカルの社会だ。マダガスカルを訪れた同氏は、現地の人々があたかも政府があるかのように振る舞っているにもかかわらず、人々が融通しあっているだけで実際は役所も政府も機能していないことに気づく。

「自発的な組織によって動いている世界は現存しているので、そこから学ぶものがあるんじゃないか、と。だからこの本のなかでは、『自治』や『相互扶助』がアナキズムを表現する言葉になっているんですね。LINUXもアナキストな世界のひとつの事例として紹介されていて、ビットコインやブロックチェーンの話ともシンクロするなと思いました」

本書が出発点としているのは、『贈与論』で知られる人類学者、マルセル・モースだ。資本主義を前提として世界が動いていることに異議を唱え、資本主義的な交換関係ではなく贈与によって成り立っている世界をモースが見つけたように、グレーバーも従来的な政府がなくとも成立している世界を見つけ出した。そもそも政府が存在しない社会はすでに存在しており、人類学者はそれを世界中で見ているのである。



グレーバーにつづけて、池田氏はジュリアン・アサンジ『サイファーパンク』を取り出した。サイバースペースにおける自由にために活動をつづけるアサンジと3人の思想家・活動家による座談会形式からなるこの本は、暗号通貨が政府や大企業によるトラッキングへの反発から生まれたものでもあることを明らかにしている。

「アサンジはオーストラリア出身ですが、この手の話ってオーストラリアやニュージーランドのようにアメリカではないアングロサクソン系の人々から出てくることが多いですよね」。そう池田氏は語り、坂井氏がリバタリアニズムや社会契約論を紹介したように、自律分散的なテクノロジーが非アメリカ的な文化圏から成長してもいることを明かした。

そして池田氏は最後にピーター・ゴドフリー=スミスによる『タコの心身問題』を紹介し、グレーバーがマダガスカルの社会にアナキズムを見出したように、自然のなかから新たな分散モデルを学ぶ可能性を提示する。同書はタコやイカを含む頭足類の「心」に着目し、それがヒトのような脊索動物の心とどう異なり、いかなる進化の末に生まれたものなのか明らかにしたことで多くの読者に衝撃を与えた一冊。果たしてそれがなぜ「分散」とかかわっているのだろうか?



それは、ヒトの場合は脳に集中している神経細胞がタコやイカの場合は全身に「分散」しているからだ。ヒトの脳をつくっている神経細胞の3分の2がタコやイカの場合は手足のところまでばらけており、神経系のあり方がまったく異なっているのだという。そしてそれこそがわたしたちが学ぶべき「分散」のモデルかもしれないと池田氏は語る。

「分権的って、英語だと“decentralized”と訳しますよね。この概念自体が、中心があってそれをばらすという発想です。ホッブズのリヴァイアサンを描いた有名な絵も、国家として“王様”の姿が描かれています。でも、分散的な組織ならば人間の体ではなくてタコを雛形にしちゃえばいいんじゃないかと思うんです。すでに自然のなかに雛形があるのだから、そこからポジティブに新たな概念を立ててしまえばいいんじゃないかと」

ブロックチェーンのように自律分散的な概念について語るとき、わたしたちは概してそれを「脱中心的」「脱中央集権的」と表現してしまう。しかし、中心や中央を介さなければ分散が実現できないわけではない。もとより中心も中央もない概念だって可能なのであり、事実、世界にははるか昔からそんな生物や社会が存在しているのだ。『暗号通貨VS.国家』が提示した「非国家」という概念を足がかりとしながら、池田氏の紹介する3冊を通じてわたしたちは自然のなかに新たな分散のあり方を見出すこととなった。






『アナーキスト人類学のための断章』
デヴィッド・グレーバー
『負債論』で知られる文化人類学者、デヴィッド・グレーバーは、近代以前の「未開社会」と呼ばれる世界がじつはより高度な社会的プロジェクトによって形成されていることを明らかにした。そしてそんな世界は「アナーキズム」という言葉によって表現される。池田氏は本書によって「“アナキスト”に肯定的な側面を見いだせた」と語る。

『サイファーパンク』
ジュリアン・アサンジ
世界が徐々にグローバルな全体主義的監視社会へ向かうなかで、わたしたちはいかに自らの身を守れるのか。「ウィキリークス」の創設者としても知られるジュリアン・アサンジは、国家や大企業の支配から逃れるべくサイファーパンクの活動を展開する。その活動は非国家的な存在であるビットコインやブロックチェーンにも大きく影響を及ぼしているはずだ。

『タコの心身問題』
ピーター・ゴドフリー=スミス
生物の進化は、「まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」。わたしたち人間と身体の構造ばかりか「心」の構造も異なるタコやイカに着目し、心や意識とはなにか、それは身体とどうかかわってるか解き明かした一冊。池田氏は人間をもとにしたのが「リヴァイアサン」ならタコやイカをもとにした「クラーケン」なるモデルも考えられるのではないかと語った。

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