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音楽と物語と生きること

~<音楽と物語で世界をつなぐ>セミナーシリーズは、なぜ生まれたか~

更新日 : 2018年12月18日 (火)

<音楽と物語で世界をつなぐ>セミナーシリーズは、なぜ生まれたか【後編】

音楽と物語と生きること
経営コンサルティングという職業を選んでから、国内外で多くのクライアントの皆様と、事業戦略、グローバル化、デジタル変革などのプロジェクトに関わる機会を頂いている。その中で、気忙しい不安な時代における、「本当の論理性」と「コミュニティ」について考える機会が多い。豊かな実りのある世界は絵画のようにカラフルなもので、音楽や物語を感じることができる。成功企業の取組にはストーリー性がありワクワクする。成功する戦略とは本来的にシンプルかつ奥行きのあるもので、その戦略を実行するためには、信念を共有する連帯感のあるチームが担当するのが最善の方法である。

そのような問題意識を持って、アートをきっかけに働き方や生き方を考えるためのセミナーシリーズ「音楽と物語で世界をつなぐ」を企画した。この企画は、一般社団法人アーツ・ファンタジアの代表理事である平井元喜氏をはじめ、そのメンバーおよび、アカデミーヒルズ、そして魅力的な登壇者の皆さんの賛同をいただき実現することとなった。

アーツ・ファンタジアは、国際的に活躍する作曲家でピアニストの平井氏が中心となって2018年に設立したNPOである。アートの力、あらゆる表現の力を使って世界を笑顔にあふれた場所にしたいという平井氏の想いに共感する多彩な分野のプロフェッショナルが理事として参画し、アーティスト、スポーツ選手、経営者、学者など多彩な賛同者に支えられている。

アーツ・ファンタジアでは平井氏が10年前から世界各地で展開してきた朗読、音楽演奏を中心とした活動を柱としている。この活動を通じて異文化への本質的な理解や世界平和を目指している。

アーツ・ファンタジア 「音楽と民話で世界をつなぐ」プロジェクト
2007年から世界各地で活動を継続する国際文化交流と教育プロジェクト/日本と世界各地の民話を、朗読や音楽、映像を通じて紹介/欧米、中東、アフリカを含め、世界およそ20か国、13言語で公演

今回のアカデミーヒルズとの企画は、新たな柱の構築につながる試みとして、アーティストではなく、戦略コンサルタントだからこそできる、職場で働く人々の空気感に応じた企画にしようと心がけた。
セミナーシリーズの第1回は、私自身がモデレーターとして、音楽や物語が私たちの脳にどのような影響を及ぼすかを脳神経学のアプローチをフル活用する起業家の青砥瑞人氏と、アーツ・ファンタジアの平井氏を迎えて開催した。「科学」と「論理」と「感覚」とのハーモニーを感じ取っていただけたのではないかと思う。

そして第2回は、キャスターでアーツ・ファンタジア理事の石山智恵氏のモデレーションにより、音楽と物語を通じたリーダーシップについて国際的なリーダー育成機関であるIMDの北東アジア代表の高津尚志氏、浪曲師の春野恵子氏を迎えて開催した。異色のコンビネーションにより、リーダーに求められる資質としての表現力や巻込み力などが語られた。浪曲を通じて新たな視点からリーダーシップについて考えるという、この場ならではの議論が展開されたのではないかと思う。第3回は人の絆に注目した企画を考えている。



きみがぼくに飲ませてくれた水は、音楽みたいだった

星の王子さま(新潮文庫) サン=テグジュペリ

世界であまりに多くの人たちが日々生活するだけで苦労する中で、日本で音楽や物語と働き方、生き方の関係を考えるのは生ぬるい考え方のように思われるかもしれない。しかしながら、日本を一歩出てみると、日本が実に閉鎖的な社会であり、必ずしも全ての面において恵まれた社会ではないということを感じる。

香港、中国でプロジェクトを行った際には中国の若者たちの意欲にあふれた、アグレッシブなほど前向きな考え方に触れ、このエネルギーが13億人いたら日本は到底勝ち目がないと肌で感じた。彼らはほとんど疑うこともせずに人生を楽しみ、自分たちの理想や夢を追求していた。

彼らは国境も年齢も、ほとんど壁として感じていないのではないかと思えた。

留学先であり一度目の海外赴任先でもあるアメリカのニューヨークは、様々な魅力にあふれており仕事だけをする生活は考えられなかった。当初は人々が競うように街を速足で歩く様に驚いたが、全てにおいて世界最先端の質の高い刺激を幅広く受け続けると、自分も何かできるという想いに不思議に駆られた。ニューヨークは(特に、9.11のテロの前は)、自由に夢を追求し続けるという共通の価値観を基盤とする文化があるようにすら思えた。

現在住んでいるイギリスは、自然と暮らしが適度につながり、ロイヤルファミリーに代表される確固たる歴史やイギリス的なものは大変に尊重されている点で比較的落ち着いているように思える。しかし、ロンドンに限って言えば、イギリス生まれやEU圏内のみならずアフリカ、中東、アジア極めて多様な文化的な背景を持つ人たちが自己実現の場を求めて集まっている。多様性から生まれるイノベーションの可能性を感じさせる環境である。

アフリカは極めて短期間訪れ、少数の人たちと会話をしただけだが、人間が生態系の外に出る特権を得た特別な生物であることを強烈に実感するとともに、それでも本当の自然の中に暮らすアフリカの人たちの真剣さや、楽しさを少し垣間見ることができた。生きている、命、そういう感覚が沸き上がる土地だった。
 

日本にはもっと、ワクワクがあっても良いのではないか。細部まで細やかな気遣いが行き届き、完璧で快適な経験に日本を訪れた観光客はワクワクするかもしれない。しかし、その担い手は、大きな方向性を見失っているように思える。日々の生活は快適なので、課題が大きすぎて多すぎると、見ないふりをしても今はまだ問題なく生活ができる。不安に蓋をしている危険な状態にあるのではないか。

それでも、実情に目を向け、見方を少し変えるだけで日本にもワクワクすることを見出すことができる。世界が変わりつつあるということは、日本そして、我々一人ひとりが新しい世界の方向性を作ることができるということなのだ。20年以上前の就職面接で、父親が夕飯を家族と一緒に食べられる社会を実現したいと言ってまわったことがある。(もちろん、その意味を良く捉えてくれそうな企業として、外資系中心に言った記憶がある)現代、それは実現しつつある。途上国で水に困っている国があるのはあまりにおかしいので、水インフラの整備に携わりたいということも就職面接で言った記憶があるが、その後、途上国の水問題は改善してきている。多くの人にとって負担感の多い「機械的な」仕事は本当の機械に置き換えられ、家事労働もさらに楽になるだろう。様々なものが以前より良くなってきているし、今後さらに良くなる可能性がある世の中というのは楽しみで仕方がない。

さらに女性にとっては、かつてとは全く違うレベルのワクワクがある。機械化により、筋力と体力を使う仕事以外の仕事が重要となる。また、取り組む余地は多いとはいえ、母や祖母たちの時代の女性たちの努力もあり、家庭に入って夫や家族を支える以外の生き方が認められるようになっていることも忘れてはいけない。女性でもやろうと思えば何でも叶う時代が近づいてきているのだ。

世界を見回して、将来に思いを巡らせ、より良い未来の実現に向かって行動を始めるべきである。今の日本にもそのような思いで、新しい方向性を探るリーダーが多く存在する。

セミナーシリーズの「音楽と物語で世界をつなぐ」を通じて、働くこと、生きること、人生を楽しむこと、それぞれが有機的につながって考えらえるきっかけとなればと思う。先行きが不透明な、不安で気忙しい時代だからこそ、機械が人を置き換えていくと言われているからこそ、私たちの情動と密接につながり、直接間接に私たちの気分、考え方や行動に大きな影響を及ぼす音楽と物語をテーマに、色々語り合うことを目指している。


人にとって、音楽は水と同じように必要なものかもしれない。私たちは心に潤いがあるから生きることができるのであり、肉体的、社会的な生存はその上に成り立っている。この企画が、そのようなことに思いを巡らせる機会になればこれ以上に嬉しいことはない。

アーツ・ファンタジアの活動
Arts Fantasia SPRING 2018

Arts Fantasia SPRING 2018 from Arts Fantasia on Vimeo.