記事・レポート
六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第4回
情報過多社会での暮らし方
「空海」から読み解くマインドフルネス:飛鷹全法×石川善樹
更新日 : 2017年02月14日
(火)
中編 理屈を捨てろ、うかつに勉強するな
ハーバード流・研究者の心得
石川善樹: お話を聞いていて、僕たちが行う研究と近いなと感じました。「真言を100万回唱えろ」と言われたら、普通は「それって意味があるの?」と思うはずです。同じく、学生時代に「なぜ、勉強しなければいけないのか?」と思いながら勉強していた人も多いはず。社会に出てから、はじめて気がつくわけですが。
飛鷹全法: あらゆることが有意味性で成り立っている現代だからこそ、一義的に有意味とは言えない行為に何らかの意味がある、とも言えませんか? その昔、山に籠もった宗教者は「何かの役に立つから」「朝廷の人に褒められるから」などと考え、瞑想したのではなかったと思います。社会から離れ、自らの心と向き合うことに没頭する、そこに自足につながる何かがあると考えていたのでしょう。
石川善樹: なるほど。お坊さんは煩悩を捨てますが、研究者も「理屈を捨てる」ことが大切になります。研究は一見理詰めに思えますが、実は直感的・感情的な面が重要なカギになります。また、心底面白いと思って没頭できなければ、続けられません。留学先では「理屈は捨てろ!」と何度も言われました。
日本の大学にいた頃の研究は、提示された問題を解くために、基本情報を学ぶ作業でした。しかし、留学先では「新たな問いを思いつく」ことが求められました。常識や当たり前に対して「なぜ?」と考え、適切な問いを立てることが研究の出発点になるからです。その際に、理屈は邪魔になるため、当たり前を徹底的に疑い、理屈を捨てる修行をしました。
また、「うかつに勉強するな」とも言われました。むやみに情報を入れていると、それに惑わされてしまうから。まずは自分の中にある要素だけで徹底的に考え抜き、仮説を立てる。それでもわからなければ、はじめて情報を入れろ、ということでしょう。飛鷹さんは修行中、何かを考える余裕もないほど、スケジュールがびっしりだったそうですね。
飛鷹全法: 修行は毎朝3時から始まり、その後はまさに1分刻み。常にギリギリの緊張感の中で修行をしていました。それも「余計なことを考えさせない」という意図があったのでしょう。たしかに、インプットがなければ、創造の源泉となる欲求や発想は生まれないため、どこかで集中してインプットする時期は必要です。しかし、インプットが臨界点に達したら、自動的に優れたアウトプットが生まれるわけでもない。インプットを蓄積したら、一旦情報を遮断するような“内に籠もる”プロセスが必要だと思います。
私は大学院で南方熊楠という人物を研究していたのですが、彼もまた幼い頃から「歩く百科事典」と呼ばれた超人的な人物です。独学で、博物学から仏教学にいたる膨大な領域の学問を渉猟し、海外放浪を経て33歳で帰国しますが、働くわけでもなく、そのまま那智の山に籠もり、粘菌の採取に明け暮れます。言いかえれば、膨大な情報をインプットした後、内に籠もったことで、森の中で見るもの、触れるものに対し、それまで勉強してきたことが新たなつながりをつくっていった。結果的に、その成果として作成した粘菌標本によって、世界的な学者として認められることになります。
また、同じ時期に、友人だった土宜法竜という高野山の僧侶に宛てた書簡には、「南方曼荼羅」と呼ばれる世界認識の方法が記されています。これは、近代日本人が到達した思想の最高峰とも評されていますが、これも内に籠もるプロセスがあったからこそ、生まれたものだと思います。
現代は「ひま」が増えている
石川善樹: 便利なものがなかった時代は、「ひま」ができると、自分の人生を考えたり、風景を眺めたり、感性を磨くような楽しみ方をしていたはずです。しかし、色々なことが便利になった現代は、人類史上もっとも「ひま」な時代と言われています。現代人はその無意味な時間に耐えられず、何かで塗りつぶそうとしますよね。
飛鷹全法: 英語のschoolの語源は、古代ギリシャ語のscholē(余暇)だと言われています。政治哲学者のハンナ・アーレントによれば、当時、生命を維持するための労働は奴隷が担い、「ひま」になった高い階級の人々は、瞑想的生活を送っていたそうです。そうなると、哲学史や思想史の背景には「ひま」があったとも言えそうですね。
石川善樹: 実は、僕たち研究者も「ひま」を大切にしています。昔からよく行われているのが、徒歩旅行。新しい同僚が入ったら、一緒に2、3泊しながらひたすら歩き、色々なことを話したり、研究のアイデアを出し合ったりする。いわば、歩行禅のようなものですが、そうした時ほど優れたアイデアがふっと生まれることを、多くの研究者が経験則として知っているのでしょう。
飛鷹全法: お遍路にも同じような機能があります。お遍路さんが身につけているアイテムには、「同行二人」と書かれています。これは「空海さんも一緒に歩いてくれている」という意味です。そのせいか、皆さん、自分の悩みを空海さんと語り合いながら歩いている感覚がするそうです。
石川善樹: 人間の思考パターンは大きく、ロジカルに考える、直感的に考える、その2つに分けられます。特定の物事に集中するとロジカルモードが活発になり、直感モードが下がる。歩いている時はロジカルモードが下がり、直感的モードが活発になるため、アイデアが浮かびやすいそうです。
実は、直感モードが優位な時は、デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network)といって、脳の様々な部位が同時多発的に働いています。DMNは過去の情報や感情をつなぎ合わせることに貢献しているほか、感情を抑え、思いやりを司る脳の部位を活性化すると言われています。本質を突く問いや発想が生まれるのは、こちらが活発な時だそうです。
飛鷹全法: なるほど、それは面白いですね。
該当講座
六本木アートカレッジ これからのライフスタイルを考える 「情報過多社会での暮らし方」
飛鷹全法(高野山高祖院住職 )× 石川善樹(予防医学研究科)
日々膨大な情報が流れ、全て自らの取捨選択に委ねられる中、情報の多さに疲弊している方も少なくないでしょう。ストレス軽減やパフォーマンス向上を期待できる手法として「マインドフルネス」が注目されています。仏教の瞑想が元となったこのメソッドは、現在社会に生きる私たちにどのような効果をもたらすのでしょうか?
六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第4回
情報過多社会での暮らし方
インデックス
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前編 空海はなぜ、「瞑想の場」を求めたのか?
2017年02月14日 (火)
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中編 理屈を捨てろ、うかつに勉強するな
2017年02月14日 (火)
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後編 一歩前に進むために、あえて“引き算”する
2017年02月14日 (火)
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