記事・レポート
サイエンスシリーズ~宇宙の最前線
宇宙はどのように始まり、これからどうなるのか?
更新日 : 2016年08月10日
(水)
第7章 「宇宙の始まり」を解き明かすカギは原始重力波
重力波とは?
小松英一郎: 重力波とは、質量を持った物体によって生じる「時間と空間のゆがみが波となって伝わる」現象です。水は波紋、音は空気が振動した波が伝わりますが、重力波は空間と時間が波打つものです。少々分かりにくいのですが、例えば、僕がここに立っているだけで、僕の周りの時空は微妙にゆがんでいます。さらに、僕が激しく運動すると、このゆがみは重力波となって周囲に広がっていきます。しかし、あまりにも微弱な波であるため、容易には検出できません。また、あらゆるものを透過してしまうのも特徴です。
重力波は空間を引き伸ばしますが、空間が伸び縮みすると、そこにある光の波長も変化します。さらに、光の波長が変化すると、その温度も変化します。例えば、たくさんの粒子を並べて正円形を作り、そこを重力波が通過すると、粒子の分布は重力波の影響で縦横にゆがみ、引き伸ばされたほうの両端は温度が低くなり、直径が狭くなったほうの両端は温度が高くなります。宇宙マイクロ波背景放射(CMB)が持つこの温度の違いをより精密にとらえれば、ゆらぎの秘密も分かります。そこで、光の持つ「偏光」(電磁波の振動方向の偏り)という特徴を活用します。
光とは波ですが、その波は縦・横・斜め、様々な方向に振動しています。例えば、太陽光は無偏光で、あらゆる振動方向の光が等しく含まれています。しかし、海面に光が反射すると、海面に平行な方向に振動する光が選択的に我々に届くため、ギラギラとまぶしく感じます。この時、縦方向に振動する波しか通さない偏光サングラスをかけると、まったくまぶしくなくなります。
同様に、CMBに含まれる光も電子によって散乱し、様々な方向に偏光しています。原始重力波の痕跡が含まれる光は、渦を巻いているような特殊な偏光パターン「Bモード」を示します。Bモードの観測は非常に難しいのですが、これが見つかり、99.9999%以上の確度で証明できれば、インフレーション理論の証拠になり、宇宙の始まりに大きく近づくことができます。
日本主導で原始重力波の発見へ
小松英一郎: 実は2014年3月17日、南極に電波望遠鏡を設置してCMBを観測するハーバード・スミソニアン天体物理学センターなどを中心とした研究チーム「BICEP2」が、「原始重力波、インフレーションの証拠である『偏光Bモード』を観測した」と発表しました。「ノーベル賞級の発見だ!」ということで、世界中の天文学者が騒然としました。僕はあまりにもショックで、その後の5日間で体重が2キロ減り、高熱で体調を崩してしまいました。
しかし、彼らが発表した論文を読むと、実はそこで使われているデータだけでは「インフレーション理論」の証明にはならないことが分かりました。証明するために絶対にクリアすべき課題が、クリアできていなかったのです。結局、世界中の研究者から厳しい意見が寄せられ、同年9月22日に「もう一度きちんと調べ直します」という修正論文が出されました。
彼らのデータでは証明できませんでしたが、近い将来、日本の研究チームがこれを証明する可能性があります。JAXA(宇宙航空研究開発機構)やKEK(高エネルギー加速器研究機構)、国内外の大学や研究機関などに所属する100名以上の研究者がチームを組み、「LiteBIRD」という、原始重力波起源のCMBの偏光をとらえる観測衛星を打ち上げるからです。僕もチームの一員として参画しています。
CMBの観測方法としては、地上から行うもの、宇宙で行うものと大きく2種類に分けられますが、先ほどご紹介したBICEP2は前者となります。宇宙で観測する人工衛星としては、1989年にNASAが打ち上げたCOBE、同じくNASAが2001年に打ち上げたWMAPがあり、2009年にはESA(欧州宇宙機関)がプランク(Planck)衛星を打ち上げています。
この中で、LiteBIRDは日本主導で打ち上げる初の人工衛星となります。また、日本が本格的にCMB観測に乗り出すのも初めてのこと。現在は2020年代半ばの打ち上げを目指して準備を進めています。
僕もチームの一員として、日本はもちろん、世界中の研究者と協力しながら、宇宙の始まりの秘密、そして、宇宙の加速膨張の要因である暗黒エネルギーの秘密を必ず解き明かしたいと思っています。
該当講座
六本木アートカレッジ 宇宙論の最前線〜私たちは宇宙をどこまで理解したのか〜
小松英一郎(マックスプランク宇宙物理学研究所所長/カブリ数物連携宇宙研究機構上級科学研究員)
宇宙の“始まり”や“終わり”とはどのようなものなのでしょうか? そして宇宙を構成している成分は何か? 宇宙の進化とは? これらを研究するのが「宇宙論」です。過去20年間に宇宙論は爆発的な進展を遂げてきました。特に観察装置の進化により、これまで見えなかった宇宙が見えるようになってきたのです。本講演では、最新の宇宙で起こっている信じ難い現象を紹介するとともに、研究者がいかにして解き明かしてきたかをお話しいただきます。
サイエンスシリーズ~宇宙の最前線 インデックス
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第1章 遠くを見るほど「昔の宇宙」が見える
2016年07月27日 (水)
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第2章 ビッグバンの前の宇宙
2016年07月27日 (水)
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第3章 偶然発見された「ビッグバンの残光」
2016年07月27日 (水)
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第4章 宇宙は何によってつくられているのか?
2016年08月03日 (水)
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第5章 宇宙の未来、宇宙の終わりはどうなるのか?
2016年08月03日 (水)
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第6章 インフレーションの痕跡をとらえる
2016年08月03日 (水)
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第7章 「宇宙の始まり」を解き明かすカギは原始重力波
2016年08月10日 (水)
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第8章 宇宙に生物は存在するのでしょうか?
2016年08月10日 (水)
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