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小説は、真実を語る? ~経済小説の“虚実皮膜”~

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更新日 : 2011年11月11日 (金)

第6章 経済小説、その他のレパートリー

六本木ライブラリー ブックトーク 紹介書籍
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落語「夢金」の現実

澁川雅俊: すべての経済小説は人間の五欲の最大欲である金銭欲に対する倫理観をモチーフにする、などと認識してしまうことは短絡的かもしれません。その倫理観を最近ではコンプライアンス、あるいは法令遵守などと宣っていますが、これらの用語は同義語ではありません。コンプライアンスは法令の精神のことであり、それに規定されている条文を遵守することだけに止まりません。

これは小説ではありませんが、『グッドウィルで380億円を稼いだ男!?』(鬼頭和孝著)などを読むと、所得税法違反がどうのこうのという問題ではなく、根本は強欲と野放図さにあり、やってはいけないことの規準が針の穴ほどしかない倫理観が根底にあってのことです。それは思うに、例えば私の郷土の伝統的な教え「ならぬことはならぬ」の心であり、あるいは落語の「夢金」のまくらに出てくる「欲深き人の心と降る雪は積もるにつけて道を忘るる」という、よく法話で引き合いにされる教えのはずです。

しかし堀江貴文が書いた『拝金』を読むと、主人公の若者の心情はまさに金銭欲の塊以外のなにものでもありません。しかしそれは万民に共通するもので、これを読んでいると、ある意味で痛快ですらあります。

とはいえ、誰もがほかに飲食欲や睡眠欲や色欲や名誉欲を持っており、あるいは持っていたわけで、それらが金銭欲と絡みに絡んでさまざまな物語が仕上げられることになります。従って銀行・金融小説の作品はさまざまな様相を呈し、これまで取り上げてきた数々の作品のように<お金>にまつわる幅広い物語が生まれます。

ハゲタカもの

経済小説では、銀行はもとより消費者金融、クレジットカード、ノンバンク、投資会社、国際金融、先物、証券、生命・損害保険、不動産、格付会社などが、その扱いの軽重はともかく、レパートリーとなります。しかし以下では、それらの要素は含まれるにしても、中心となっている素材がいささか異なるものとして扱っておきます。

まずその1つは、俗にいう<ハゲタカ>小説です。そしてその名手は前に挙げた『ベイジン』の著者である真山仁です。この作家は『ハゲタカ<上・下>』でブレークし、その後一連の<ハゲタカ>作品である『バイアウト<上・下>』『ハゲタカ2<上・下>』そして『レッドゾーン<上・下>』と書き続けています。これらの作品は、いわゆる<失われた10年>以降の日本経済の不況下で傾き始めた企業の債権や株を安く買い漁り、買収して、その会社を再生、あるいは処分して、高く売ることによって利益を上げるバイアウト(投資)ファンドにまつわるスリリングなストーリーで、多くの読者を獲得しました。またそれらの小説をもとにTVドラマや映画が制作され、それらも高い視聴率を得て、また多くの観客を集めました。いまだに鷲津政彦という主人公の名前を小説と離れて記憶し、その面影を大森南朋にダブらせている人たちは少なからずいるようです。

さまざまな企業小説

安土敏という作家がいます。この人物は、かつて食品スーパーの「サミットストア」(現・サミット)の要職にあり、現在もその業界に身を置きながら、小説や評論やコラム、エッセイなどを書いています。『小説流通産業』『小説スーパーマーケット <上・下>』など、この業界がこの作家の作品の素材になっています。それ以外にも作品がありますが、最近では、大手スーパーの悪質な乗っ取りに立ち向かう二代目店主の痛快な物語『後継者』を出しています。

スーパーマーケットの分野を流通産業に少し広げてみると、楡周平の『再生巨流』と『ラストワンマイル』があります。いずれも運輸会社の物語ですが、前者は現在の効率・効果的なロジスティックスに発展した、画期的な物流システムの導入に熱中した男たちの物語、後者は郵政民営化を背景に運輸とネット通販を統合したビジネスモデルにかかわる人々の艱難辛苦の物語です。

その後この作家は、総合電器メーカーを舞台にして国内製造業の海外展開にクローズアップした『異端の大義<上・下>』や、水素を燃料とする自動車を普及するための先端技術にまつわる特許権争いを描いた『クレイジー・ボーイズ』、温暖化ガスを劇的に削減する新型車開発にかかわる最新ビジネスモデルを描いた『ゼフィラム ZEPHIRUM』を出しています。

この作家は必ずしも経済小説作家ではないのですが、財政破綻寸前の田舎町を立て直すために<目から鱗>の発想のビジネスモデルをユーモラスに実行して成功を収める物語『プラチナタウン』で行政サービスに企業原理を適用させた物語を書き、地方自治体でのビジネスモデルを示しています。

ビジネスモデルといえば『ザ・ジャストインタイム 現地現物が最高の利益を生む』(フレディ・バレ&マイケル・バレ)という小説があります。これは長い間ルノーで技術マネジャヤーをしていたフレディと、その息子の作家が<トヨタ生産方式>を普及するために共同で書いた作品です。こうした素材がハウツーや啓蒙書のスタイルではなく、小説仕立てで書かれたのは、楽しみながら学べるという小説読書を十分に意識してのことでしょう。

自動車産業関連の小説の中で最も有名なのは梶山季之の『黒の試走車』でしょう。これは自動車産業小説の古典です。自動車メーカーの激しい新車開発競争の現場で飛び交う秘密情報を追究するこの物語から「産業スパイ」という流行語が生まれ、一世を風靡した作品です。これが「岩波現代文庫」に収められた意味は、経済小説読書を通じて現代社会をよく見よう、というこのブックトークの私の主張に通じるところがあります。

最近の作品では志摩峻の『ザ・リコール』というダイヤモンド経済小説大賞受賞作もあります。また前に挙げた楡周平の『クレイジー・ボーイズ』や『ゼフィラム』も自動車産業小説です。

さらにさまざまな商品、製品にまつわる物語が書かれています。前に紹介した高杉良は、銀行・金融フィクションだけではなく、『ザ エクセレントカンパニー』で即席麺の米国進出の物語を書いています。

また『果つる底なき』で銀行の暗部に挑み、江戸川乱歩賞を受賞した元銀行マンの池井戸潤も『金融探偵』など多くの銀行・金融小説を出していますが、最近ではTVドラマ化された『鉄の骨』で地下鉄工事の受注をめぐる若きゼネコン社員の奮闘記を書き、また『下町ロケット』では、宇宙ロケットに挑んだ町工場の奮戦記を書いています。この小説は町工場の経営者と職人たちの夢の実現の物語ですが、業界紙の編集に携わっていた杉田望は最近出した『無限大経営』で中小企業経営者や起業家に捧げるベンチャー・スピリット作品を書いています。

最後に、俗に言う<メディア>にかかわる小説を3点紹介します。1つは高杉良の『乱気流 小説・巨大経済新聞<上・下>』で、これは日本経済新聞社をモデルにしたものですが、経済事犯史上有名になったイトマン事件とその報道のあり方を批判的に描いた作品です。次は『ガラスの巨塔』(今井彰)で、「プロジェクトX」など数々の話題作を制作してさまざまな放送文化賞を受賞した元NHKのプロデューサーの自伝的小説です。国内外の政治・経済・社会・文化・科学などにわたる諸問題について番組制作で発揮した鋭い眼でこの巨大放送局を抉っています。

そしてもう1つは『ディール・メイカー』(服部真澄)です。ディール・メイカーとは、簡単にいえば、企業買収や合併の仕掛人のことで、前の<ハゲタカ>作品と同列に並べることができるのですが、ハイテク企業が巨大メディアを丸ごと買い取って統合して新しいメディアを打ち立てようといった内容、つまりライブドアがフジテレビを狙ってニッポン放送を取り込もうとしたのに似ているので、このカテゴリーに収めました。(終)

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