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加藤良三氏の「アメリカと野球雑感」

~野球と国際政治を10倍楽しむ方法~

更新日 : 2009年11月10日 (火)

第5章 農民から大企業へ。政府が組む相手を変えた理由

加藤良三氏

加藤良三: トーマス・ジェファソンからの60年間は民主党の天下ですが、その民主党が票田としたのは農民でした。当時のアメリカは農業国家で、奴隷を擁護していました。コットン・ジンという機械ができ、綿花の生産量が増え、処理量が増えて、それを梱包する労働力は必要不可欠であった。そういう事情がありますから、農業を背景とする民主党政権は、奴隷擁護の政権でした。

ところが、1860年前後になると、アメリカに近代化のうねりが起きました。アメリカに消費社会が生まれ、工業化のうねりが北部で起こり、新しい西部の地域でも起こり、中央でも起こりました。こうなると農業立国のアメリカとは違う、工業立国のアメリカへの変貌です。

第16代大統領(1861年就任)のリンカーンは、初代共和党大統領で、増税、人身保護例の停止、土地の開発、港湾封鎖など、大変な「強権発動」をやりました。彼は奴隷を解放した大統領として歴史に名を残しています。私は、リンカーンは、奴隷問題を民主党にくさびを打ち込む課題として意識的に取り上げて、政争に勝った大統領だと思います。

この流れに民主党はついていけず、リンカーンに負けて、南北戦争でも南側が負けて、ここから工業国家としてのアメリカが大きくなっていくわけです。

その共和党の天下が続くうちに、例えば大企業との関係が問題になってくるのです。最初は共和党と大企業は結びついているのが自然でした。しかし、アメリカの経済発展が進むと大企業と共和党政権の間に競合関係も生じてくるのが人間世界なのです。「モンスターになった大企業」が共和党政権の中でも問題視されるようになります。

日露戦争の仲介をし、ノーベル平和賞を受賞したセオドア・ルーズベルト大統領などは、そういう問題意識の持ち主だったと思います。セオドア・ルーズベルトさんは大企業との関係の整理を自分の後任であるウィリアム・タフトさんに託したつもりだったのですが、タフトさんはその要請に応えきれず、大企業との関係はグズグズのままでした。その間、民主党は農民から乗り換えて、都市労働者に支持層を広げていきました。

そういう中で恐慌が起こり、第二次世界大戦が起こりました。この2つの大きな課題を背景に、当時の共和党の統治能力がなくなっていき、大連立政権ではありますが、フランクリン・ルーズベルトの民主党政権に至ったという流れがあります。

すなわち、初代共和党大統領リンカーンの考え方に、民主党大統領であるフランクリン・ルーズベルトの考え方は近いし、今のバラク・オバマ大統領の考え方もそれに相当近いのです。バラク・オバマさんは、大統領キャンペーンの最中も、リンカーンを非常に意識した演説をしていたと思います。共和党初代大統領と現民主党大統領、そして32代大統領フランクリン・ルーズベルトは似たところがあります。

また、バラク・オバマさんの外交政策は、41代のジョージ・H・W・ブッシュ、お父さんの方のブッシュさんに近いと言われています。近年の共和党大統領の外交政策に近い。実際にオバマさんは、共和党政権で安全保障担当補佐官だったブレント・スコークロフトさんや現職の国防長官であるロバート・ゲイツさんなど、こういう人たちの意見を非常に尊重しているように思います。

フランクリン・ルーズベルト大統領も恐慌と第二次大戦という課題に立ち向かわなければいけなかった時代、最も枢要なポストの2つ、陸軍長官と海軍長官を共和党から登用しました。

ですから、「こっちは典型的な共和党」「こっちは典型的な民主党」という分類が可能であることは否定しませんが、時代の流れの中でアメリカの中では2つの軸、象とロバが入れ替わることがあることは留意されるべきだと思います(※編注:象は共和党のマスコット、ロバは民主党のマスコット)。

真ん中にいる人たちは、どっちのためにも働ける人たちです。アメリカの人脈というものを考えるとき、日本流に「共和党系人脈」「民主党系人脈」と白黒に割り切り過ぎるのは大きな間違いであると私は思います。


該当講座

アメリカと野球雑感
加藤良三 (日本プロフェッショナル野球組織 コミッショナー)

加藤良三(日本プロフェッショナル野球組織コミッショナー)
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