六本木ヒルズライブラリー

『余白』を知って生きる6冊

更新日 : 2023年06月23日 (金)





過ぎ去りし連休のあと、そろりやってきたのは祝日なき日々とじめじめした空気、梅雨模様。どうにも上がり切らないテンションです。けれど、それはきっと無理して上げるものではありません。むしろ「余白」を作ることにこそ、切り替えのヒントがあるのかも知れません。そう、引き算にこそ、きっとのぞみがあるのです──。
 ということで、今回はやたらに「前」や「上」を目指すのではなく、減らしたり引いたりして生まれるまっさらな日々の過ごし方を、色んな角度で教えてくれる6冊をご紹介します。


より少ない家大全
ジョシュア・ベッカー / かんき出版
「ミニマリスト」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか? 白い部屋にぽつんと椅子がある部屋で寝食する姿、あるいはまるで世捨て人──。このイメージを抱く方はきっと少なくないでしょう。しかし著者は言います。「自分にとってもっとも大切な価値を最優先して、その価値を妨げるものをすべて排除すること」(24頁)を実践する人だと。

本書では、その思想に基づき、帰る場所であり、また再出発する場として家を主軸にすえ、実践するに適した部屋の順番に従ってメソッドを丁寧に紹介。そして過程を経るごとに他者への想いや心の充足が感じることに繋がる流れが、あくまでロジカルに語られます。
決して風変わりな生き方ではなく、現代に生きる全ての人のための生き方であると同時に、物質と心の豊かさは必ずしも比例しないことをあらためて知ることのできる一冊。

超ミニマル主義四角大輔 / ダイヤモンド社「正解も連続性もない、不安定な時代だからこそ必要なのは『何をするか』ではなく、『何をしないか』を決める勇気。」──(15頁)より
旗印となる上述の一文に表れているように、本書では従来のことを「しない」ことに躊躇している方への背中を押してくれる想いが一貫して織り込まれています。

その応援を強固なものにしていることが本書の特徴でもある、細部にわたるミニマル活動の実践方法の網羅。財布や鞄といった持ち物やスマートフォンへの向き合いかたといった生活上の具体的な「軽量化」の方法と効果について。そして、確かな経験と理論に則った、「しない」仕事術の緻密な紹介まで網羅している点は、数あるミニマリズム本の中でも出色と言えるでしょう。
軽さと充実といった一見相反するような人生を送りたい全てのビジネスパーソンに読んでいただきたい一冊です。

エレガント・シンプリシティサティシュ・クマール / NHK出版大量消費社会による、数字ばかり求める光景や欲望が常に忙しなくうごめく混沌は何をもたらしたのか。徐々に膨らみやってきたのは経済格差による分断や権威主義。かりそめの繋がりや環境破壊、そして何より個々人の不安や疲弊──。

僧侶からエコロジー哲学者を経て教育者にもなった著者は、シンプリシティにこそ安寧で快適な人生を送る萌芽が生えると説きます。自身の歩みから始まり、なぜシンプルであることが豊かであり、反対に過剰さは人を悩ますのか。また、経済や環境を救済するきっかけとしてのシンプリシティについて、情熱を帯びた声と冷静で俯瞰した論理をもって哲学された本書。現代が吐き出した「汚れ」で曇った心を晴らし、清潔な新たな道を浮かべてくれるような一冊です。 「シンプルな生きかたは、ぜいたくより充分、便利さよりここちよさ、渇望より満足、怒りより和解を、私たちに与えてくれる。」──(51頁)より

 

人間関係を半分降りる鶴見済 / 筑摩書房日々生きていて窮屈を感じる方に必要なのは、人間関係の断捨離──。と、言ってしまうと少々おののきを生じさせてしまうかもしれません。しかし、本書を読めば一見過激に聞こえる、この選択はあながち間違いではないと言えるでしょう。

そもそも多くの不安や苦慮の根源は人間関係にある、と始まる本書。厳密に言えば、「〜せねばならない」という同調圧力や、理想として作られた関係性を維持することこそが尊いとされる風潮によって、人は自身でも気付かない負荷を蓄えてしまっているのだ、と続きます。ときに自身による切迫した経験を絡めつつ、無理をせず生きてゆくことの真意と実践への手がかりを読みやすい章立てで語られます。

「生きづらさの問題」を鋭利に追ってきた著者による、人間関係のやさしい荷解き。あくまで必要な好意や存在との紐帯は解さずに。心の整頓にためらう方へ薦めたい一冊です。

 

デジタル・ミニマリストカル・ニューポート / 早川書房 何となく開いたSNS。さして重要なものが流れているわけでないのに、気付けば随分と時間が経っていて驚くことはございませんか?時間の経過に対してだけでなく、何も充足感がないことに──。

著者自身がコンピューター・サイエンスの研究者でありながら、現代のデジタル依存の蔓延と、それが引き起こす人生の選択肢を狭める動きに警鐘を鳴らした本書。「デジタル・ミニマリズム」という概念を主軸に、じっくりと理論と実践、そして冷静な公平さとで全編が紡がれています。実際に「デジタル片づけ」を行った人たちの声も参照したり、ときに古典文学の普遍な言葉も引かれたり。読むに飽きないつくりをしていることも魅力です。

「デジタル・ミニマリズム」は有から無にするのでなく、実のところ無──どころか過剰な情報がもたらす妨げに囲まれた状況から意義ある有を創出し人生を満たす、生活術。と言っても言い過ぎではないでしょう。

答えを急がない勇気──ネガティブ・ケイパビリティのススメ枝廣淳子 / イースト・プレス
最後にご紹介するのは、上述の本とは少々異なった角度から心の整頓を教えてくれる本。
ずばり「ネガティブ・ケイパビリティ」を「ススメ」てくれる一冊です。近頃少しずつ注目されるようになったこの概念。本書では「不確実性を許容する高度な能力」(32頁)と定義されています。つまり、「何かを『しないでおく』能力」(28頁)とも。

自身の仕事や生活、ひいては人生における困難や誰かからの相談事に直面したとき、すぐに「解決」の方へ向いてしまうことが多く、かつ良いこととされる現代。状況によってはその能力=ポジティブ・ケイパビリティも大切だけれど、あえて待ったり曖昧にしたりすることで醸成し生まれるアイデアや深い共感、本質への近づきがある、と綴られます。
この能力の解説や必要性、実践方法まで、やさしい語り口で「ススメ」てくれる本書。性急さに追われ心に余裕のなくなっている方へ届いてほしい一冊です。

 

よく聞くけれど実体をよく知らないミニマリズム。あるいはネガティブ・ケイパビリティ。有から無にすることと思っていたら、その実はむしろ逆。ぱっと想い浮かぶ有は実は「無」で、無くすとされていた行為や思考にこそ「有」があるのです。

つまり「余白」には色がある──。 それは、私たちの身のまわりや心のつかえや靄を整え、まっさらな日を迎えることのできるアイデアとも言い換えることができるでしょう。 今回ご紹介の本を開いた先に、新たな世界が広がりますように。



より少ない家大全 あらゆることから自由になれる

ジョシュア・ベッカー
かんき出版

超ミニマル主義

四角大輔
ダイヤモンド社

エレガント・シンプリシティ

サティシュ・クマール
NHK出版

人間関係を半分降りる—気楽なつながりの作り方

鶴見済
筑摩書房
デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方

デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方

カル・ニューポート(著)、池田真紀子(訳)
早川書房

答えを急がない勇気 ネガティブ・ケイパビリティのススメ

枝廣 淳子
イースト・プレス