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隈研吾氏と考える「世界における日本の戦い方」

更新日 : 2018年05月15日 (火)

第3章 <対談:隈研吾×米倉誠一郎> 世界で勝負できる土俵と得意技を持つ

写真左:米倉誠一郎(法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授/一橋大学イノベーション研究センター特任教授)

バブル崩壊でヒマになったから、面白い仕事ができた

米倉誠一郎: いやあ、面白かったですね、要は呑みだ!(爆笑)。どこであっても、人間関係をどう築いていくかが大事ということですね。隈さんと一緒に南アフリカに行ったとき、隈さんが学生たちに話したことが印象に残っています。バブル崩壊で仕事がなくなったときの話をされて、仕事がなかったり、お金がなかったりすることも悪いことばかりじゃない。本当に何が必要かを考えたり、いろいろな建築を観たりできる。そこから途が開けることもある、と。実際に、隈さんは地方の小さな建築で世界から注目されました。

隈研吾: ヒマって本当に重要です。バブルが弾けなかったら、檮原町に行って公衆便所を設計するチャンスはなかった(笑)。ヒマだったから、地方の建築や古い建築をいろいろ観に行けたのです。お金にはならなくても面白い仕事ができたから、世界で仕事をすることにつながりました。

米倉誠一郎: お話に出た以外にも、いろいろ面白い経験をされたのでしょうね。

隈研吾: ええ。栃木県の石屋さんが突然、事務所を訪ねてきて「地元の石蔵を買ったので、石を展示する場所にしてほしい」と言われました。「予算はないけれど、石は山からいくらでも切り出していいし、2人の石工職人に何を頼んでもいいからお願いします」と。職人さんに直接頼めるというのは、私にとってとても魅力的な申し出でした。ゼネコンの仕事では、建築家は職人さんと直接話せない。ゼネコンの所長さんを通さなければいけないのです。そして、ほとんどの所長さんはコストとスケジュールしか関心がない(笑)。

そんなわけで、この仕事はとても楽しかった。石をルーバーにして建築をつくるといった、誰もやったことがないことにも挑戦できました。ただ、職人さんの手が空いたときしか、こちらの仕事ができないので完成までに5年間かかりましたけれど(笑)。この「石の美術館STONE PLAZA」が、2000年にイタリアの国際石材建築大賞を受賞。また、この仕事がきっかけで、近くで行なわれた「那珂川町馬頭広重美術館」のコンペに応募することにもなったのです。

「世界で勝負できるのはここだ」という手応え

米倉誠一郎: 最初から世界に出て行こうというよりは、日本の地方都市で地元の人たちと一緒に地産地消の建築をつくっていたら、世界が注目したということですか。

隈研吾: 流れからいうとその通りなのですが、一方で「こんな建築は世界でも珍しいはずだ」という意識はありました。当時は所員15人ほどの事務所でしたから、多くのビッグプロジェクトを手掛けている建築家や大手設計事務所と同じ土俵で戦っても到底勝てない。「勝負できるのはここだ」という思いはありましたね。誰かがこの挑戦を見てくれるかもしれない、と。

米倉誠一郎: 隈研吾流の戦い方が定まったのが、2000年前後ですか。

隈研吾: ええ。建築家の戦略は大別すると2つあります。ひとつは、どこであっても自分の作風を貫く戦略。これは、人にプレッシャーをかけるのが上手い人でないとできない。私は不得意(笑)。それよりも人と仲良くするのが得意なので、地元の素材や得意技を引き立てるような建築を考えて、地元の人や職人さんを巻き込んで仕事をしていくスタイルです。

均一な知識と能力を求める日本の弊害

米倉誠一郎: 話は変わりますが、「即日設計面接」は面白いやり方ですね。その結果、自然に外国人が増えていった…。

隈研吾: ええ、海外の学生はさまざまなバックグラウンドをもっていて、発想や話が面白い。大学院に何年もいたり、インターシップでいろいろな国の設計事務所で実務を経験していたり…。海外ではそれが普通です。日本人の学生は学部4年大学院2年で卒業してくるので、均一の知識と能力を持った人が多い。これは教育制度の違いもあると思います。

米倉誠一郎: 日本は豊かになりましたが、学生や社会人の選択肢はむしろ狭まっている。日本の大学2〜3年生は3つのことを考えています。ひとつ目は「大企業に入りたい」、ふたつ目は「大企業に入りたい」(笑)、3つめも「大企業に入りたい」(爆笑)。残念なことに、海外に留学しようとか、青年海外協力隊にいこうとか、世界を放浪したいという学生は少ないのです。外国人のスタッフが増えて事務所の雰囲気はどうですか。

隈研吾: 楽しいですが、大変なこともあります。ランチの時間などバラバラ。2時頃出て帰ってこないものいますが、いちいち目くじらたてない。日本流に均一化しないほうが、組織としてのクリエイティビティは上がります。

米倉誠一郎: なるほど、均一化しないのですね。日本の企業ももっと海外の人を採るべきだと思いますね。そのほうが組織は間違いなく活性化する。ところで海外事務所のマネジメントはどのようにしているのですか。

隈研吾: 今、20カ国でプロジェクトを進めていますが、月1回は3つの海外事務所と現場をまわるようにしています。短期間でも顔を出して一緒に打ち合わせをすることが大事です。

米倉誠一郎: 海外を飛び回っているわけですね。僕も一緒に海外に行きましたが、隈さんのトラベルライトには感動した。ズタ袋みたいなバッグひとつで世界のどこでも行っちゃう(笑)。

隈研吾: 海外の交通機関ってよく遅れるでしょ。乗り換えもギリギリのときがよくあるじゃないですか。だから、いつでも全力で走れるように肩からかけるものしか持たない。服も汚れが目立たない色ばかりです(笑)



国家プロジェクト「新国立競技場」に携わって

米倉誠一郎: 新国立競技場についてもうかがいたい。

隈研吾: 2019年11月末の引き渡しに向けて工事は順調に進んでいます。逆に言えば、スムーズに進まなければ間に合わないのです。あれだけ大きなものになると竣工検査などに3カ月もかかりますから、実際には2019年8月に完成しないと間に合わない。

米倉誠一郎: 国家プロジェクトですから、いろいろ大変でしょう。

隈研吾: 「47都道府県の木を使おう」ということで杉を使うのですが、沖縄県だけ杉が採れない。困ったぞと思って調べたら、琉球松が杉に近いことがわかり、これを使うことでクリアできました。また、「震災県の木を目立つところに使おう」と提案したのですが、「震災県の定義は何か」「その定義の根拠は」と問われました。国家プロジェクトはそういうところまで厳密に問われる。結局、「定義」ではなく、「私の判断」で、東北3県と熊本県の木をゲートに使うことになったのですが、前提として、こちらの善意を伝えることが大事だなと思いました。

海外のコンペでは「主張をシンプルに打ち出すこと」

米倉誠一郎: 海外のコンペで勝つために重要なことは?

隈研吾: 「強い主張をシンプルに打ち出すこと」です。面接がある場合は、自分がやりたいことをシンプルに伝えるにはどうしたらいいか、相手の立場に立って考えます。一方、日本のコンペはやや官僚的ですね。たくさんの評価項目があって、まんべんなく高得点をとらなければなりません。要は総合点勝負。最終的につまらないものでも総合点が高いものが勝つ(笑)。

米倉誠一郎: 日本の教育も似ています。全部にまんべんなく点数をとることが求められている。だからどんどんつまらなくなるし、クリエイティビティも削がれてしまう。個々の得意な分野を伸ばして、足りない部分は皆で補い合うような教育や社会にしないと世界とは闘えません。皆さんももっと尖っていいのです。

隈研吾: 同感です。

世界に出るために必要なのは言葉よりパッションだ

米倉誠一郎: もうひとつ、僕がいいたいのは語学のこと。日本人は語学ができないと世界で勝負できないと思っているけれど、そうじゃない。僕もそうだけど、隈さんもそれほど英語は得意じゃないですよね。流暢にしゃべることより、朴トツとした英語でも想いを伝えようという熱意があれば通じる。

隈研吾: 丹下健三さんはほとんど英語ができなかったけれど、英語でレクチャーすることにこだわったそうです。ごく少ない語彙で講義したけれど、それを聴いた学生たちはすごく感動した…。

米倉誠一郎: ソニーの盛田さんの英語も巧くないけど、米国人は彼の講演を前のめりになって聴いていたそうです。やはりパッションが大切。南アフリカの学生たちも、隈さんの話に感動して泣いていたもの。隈さんはそれに加えて、「シンプルにメッセージを伝える」、「人間関係を構築する」、「地元の得意技を引き出す」というやり方で、世界で勝負している。

「建築は、自分の押しつけではダメです」

隈研吾: ええ。それと「敷地を活かす」ことを意識しています。それぞれの敷地の短所を長所に変えて「ここでしかできない建築」を考える。建築は、自分の押しつけではダメ。世界で仕事をしていくには「地元の人たちと一緒に楽しんでやろう」という気持ちが大切です。そういう気持ちがあると、その土地のいいところが見えてくる。もうひとつ大切なのは、知らないところに飛び込んでみる、ジャンプしてみること。面白そうだと思ったら不思議な誘いにものってみる。時々、ひどい目に合うこともありますが(笑)。

米倉誠一郎: 好奇心って大事ですね。飛び込んでみると、思いがけなく面白いことに出合ったりする。隈さんが世界で実践されている「素材を活かすこと」や「車座で吞みながら仲間になる」ことは、日本人が元来得意なことだと思う。ですから、日本の若い人たちにどんどん世界に飛び出していってほしい。「(世界と戦うのに必要なのは)言葉じゃないぞ」という生き証人が、皆さんの目の前に2人いるわけですから、勇気を出して日本を飛び出してください(笑)。
では、最後に、会場から質問を受けたいと思います。


<参加者との質疑応答>

参加者: 才能があって努力しても、建築家で成功する人は一握り。どんな人が成功するのでしょうか。

隈研吾: サハラ砂漠で野宿したとき、敬愛する原広司先生から聞いた話をしましょう。原先生が丹下健三さんに同じ質問をしたら、丹下さんは「才能などたいしたことはない。家柄も関係ない。必要なのは粘りだけだ」と言い切ったそうです。造形的天才と言われた丹下さんでさえ、そう言っているのです。



米倉誠一郎: 若者らしい質問だけど、(成功するかしないかを考えるより)、僕はやりたいことをやれと言いたいですね。60歳を過ぎてわかったのは、人生は1回しかないということ。だから、好きなことをやったほうがいい。

参加者: 「強い主張をシンプルに伝えることが大切だ」とおっしゃいましたが、そのためのコンセプトやテーマのつくり方を教えてください。

隈研吾: 「相手の立場に立てるかどうか」だと私は思います。聞く人の立場、地元の人の立場に立って考えること。主語が「自分」になっているようなコンセプトやプレゼンでは、コンペには勝てないと思う。戦争でも、相手の立場に立って相手の考えや動きを読まなければ、勝てないでしょう? それと同じです。

米倉誠一郎: ちなみに、松井証券の社長、松井道夫さんは大手証券会社の社員を中途採用して「他社に何をされるのが一番嫌か」と聞きまくり、「手数料ゼロ、24時間OKのネット取引」というイノベーションを起こしました。

参加者: ブザンソンの指揮者コンクールで優勝した小澤征爾さんと隈さんの共通点はありますか。

隈研吾: 小澤征爾さんは、人間に対する無邪気で熱い信頼感を持っている方だと思います。そこは少し似ているかもしれません。

米倉誠一郎: おふたりとも世界で活躍されているわけですが、日本人に対する偏見を感じたり、いじめられたりすることはないですか。ちなみに、小沢征爾さんは自分だけ違った譜面を渡されたことがあったそうです。すぐに気づいて「この譜面は違うよ」と言い、皆の信頼を得たというエピソードがあります。

隈研吾: 確かにそういう空気を感じることもありますが、私はあまり気にならないタイプですね。

米倉誠一郎: おふたりに共通するのは、人間に対する無邪気な信頼感と他者に対する寛容さ。これらも世界と戦い、世界で仕事をしていく上で不可欠なもの。隈さん、これからも世界に対して日本人のクリエイティビティを大いに発揮してください。新国立競技場の完成も楽しみにしています。今日はありがとうございました。


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隈研吾氏と考える「世界における日本の戦い方」
隈研吾氏と考える「世界における日本の戦い方」

隈研吾(建築家)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長)

世界を舞台に活躍する建築家・隈研吾氏は、混沌とした世界情勢の中で何を求められ、デザインを通して何を発信してきたのか?「これからの未来を創る若い日本人が何を強みに世界に出ていくべきか?」について考えます。



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