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ダンディズム~男が憧れる男、女が憧れる男

粋、男らしさ、そして生きざままで

更新日 : 2018年11月20日 (火)

第2章 名探偵が醸し出すダンディズム

灰色の脳細胞といえば……

澁川雅俊: 外国小説にもダンディな主人公が登場します。その代表例が、エルキュール・ポアロと、フィリップ・マーロウでしょう。

ポアロを主人公としたアガサ・クリスティの作品は、33点の長編と数点の短編がありますが、最も有名なのは『オリエント急行の殺人』でしょう。18世紀末から21世紀初頭まで、欧州の東西を結んだオリエント・エクスプレスを舞台にした推理小説です。積雪で立ち往生した列車内で、殺人事件が発生。殺されたのはかつて幼女を誘拐し、後に身代金で成功した初老の男。乗客全員が誘拐された幼女の関係者で、なおかつ強固なアリバイがある。はたして真相はいかに?

主人公のポアロは19世紀半ばのベルギー人。緑の瞳に卵型の頭、整えられた黒髪、ぴんとはね上がった大きな口髭をたくわえた小男という設定です。英国のテレビシリーズでおなじみのデヴィッド・スーシェを思い浮かべる人も多いでしょう。ポアロは‘灰色の脳細胞’をフル活用した鋭い洞察力と観察眼により、世界最高の探偵を自称する自信家。小さな物的証拠に目を配り、容疑者たちとの何気ない会話から‘ゆらぎ’を察知し、見事に犯人を割り出していきます。女性には優しく、物腰は柔らか。いささか気障ですが、常に身なりには注意を払い、乱雑さを許しません。
ハードボイルドの代名詞

澁川雅俊: 20世紀の偉大な作家の一人、レイモンド・チャンドラーが創り出したマーロウは、まさにハードボイルドを地で行く名探偵です。彼を描いた物語は7編ありますが、なかでも初登場となった『大いなる眠り』とともに、『さらば愛しき女よ』『ロング・グッドバイ』は、文芸作品として高い評価を得ています。

地方検事局の捜査官だったマーロウは、命令違反によって免職となり、ロサンゼルスで私立探偵を開業します。以来、金や愛欲、政治がらみの難事件を次々と解決していきます。権力に服従しないことをポリシーとする一方で、弱者を非情に切り捨てることができない性格が災いし、たびたび苦境に陥ります。拳銃を携行することは滅多になく、派手なアクションや身に迫る危険は少なめで、仕事ぶりは慎重、かつ冷静沈着に振る舞うタイプの探偵です。

『ロング・グッドバイ』では、妻殺害の容疑をかけられた友人の男をかばうも、友人はマーロウを裏切り、自殺を装って顔を整形し、別人となって彼の前に現れます。何もかも変わり果てた友人と対峙し、最後は決別するものの、マーロウの胸には‘しこり’のようなものが残る。実に粋な別れです。冷静なマーロウの姿を淡々と描いたこの作品は、『タイム』誌の「百冊の最も優れた小説(1923‐2005)」、『ル・モンド』紙の「20世紀の名著百冊」に選ばれています。


2000年以降、すべてのマーロウ作品を翻訳した村上春樹は『フィリップ・マーロウの教える生き方』〔R・チャンドラー、M・アッシャー編/早川書房〕を訳出しています。その編者らは、マーロウについてこう論じています。「頭が切れて、なおかつクールだ。どんな劣悪な社会にあっても、正しきものと悪しきものとを見分ける分別を、彼は持ち合わせていた。しかし同時に、もしあなたが何か良からぬことをしようと思ったりしたら、あなたを‘こてんぱん’にのしてしまうくらいタフな男だ」。

ならば、現代にはポアロ、マーロウのようなダンディヒーローはいないのか? 例えば、彼はいかがでしょう。オーダーメードの三つボタンのシングルスーツ、もしくはスリーピース・スーツを好み、チェス、落語、クラシック音楽などの多彩な趣味。さまざまな分野に造詣が深い博学者。紅茶を何よりも愛し、そのブレンドには徹底したこだわりを持つ。

性格はきわめて理性的で、常に沈着冷静。しかし、正義を貫く意志は人一倍強く、利益や保身を何よりも嫌う。天才的な推理力と観察眼を持ちながら、警察組織の利害を一切考慮せず、妥協なく真実を追い求めることから、上層部からは厄介者として嫌われ、現場捜査権のない担当に配属されている。『相棒season13〈上・中・下〉』〔輿水泰弘ほか著/朝日新聞出版〕の主人公、杉下右京です。

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