記事・レポート

なぜ、世界が「宇宙エレベーター」に注目するのか?
~日本が世界を率いるために、いま必要なこと~

更新日 : 2017年03月14日 (火)

【前編】 宇宙エレベーターの全容とこれまでの歩み

今、世界中の宇宙工学の研究者が強い関心を寄せる「宇宙エレベーター」。宇宙へ行くための新しい輸送機関で、環境に優しく低コスト、且つその安全性に注目が集まっています。研究は世界各地で盛り上がりを見せています。開発組織や有志らによる団体が設立され、各国で競技会が開催されるようになっています。

宇宙エレベーターのメカニズムとはどのようなものか、実現すると人類にどのようなインパクトをもたらすのか。今回、宇宙エレベーターの研究に励む東海大学講師佐藤実氏と日本大学学部次長・教授青木義男氏に登壇いただき、日本における研究開発の現状を交えて徹底解説いただきました。
未知の可能性を秘めた宇宙エレベーターの秘密に迫ります。

開催日:2016年12月6日 (火) 19:00~20:30
スピーカー:佐藤 実(東海大学 理学部/清水教養教育センター講師)
      青木 義男(日本大学 理工学部 精密機械工学科 学部次長・教授)

宇宙エレベーターイメージ  提供:大林組
 
次世代型輸送機関「宇宙エレベーター」の全貌

宇宙エレベーターの全体図
出典:佐藤実『宇宙エレベーターの物理学』(オーム社、7ページ)


佐藤実: 宇宙エレベーターとは、一言で表すと「人や物を地上から宇宙へ運ぶ新しい輸送機関」。地上と宇宙を強靭な“ケーブル(テザー)“で結び、クライマーと呼ばれる輸送機器に人や荷物を載せて昇降するというシンプルな構造です。
宇宙エレベーターが完成したあかつきには、ローコストで安全に、なおかつ老若男女も問わず誰でも宇宙へ行く事ことできるようになると期待されています。

 
人類絶滅を救う!?宇宙にこだわる最大の理由とは?

環境汚染、人口増加などにより、地球温暖化の問題は深刻化しています。この状態がさらに進めば、食糧不足、淡水不足、海面上昇による水没を招き、人類が生きていくために不可欠なモノ、それを生み出す新たな土地、いわば“フロンティア”が減少していきます。
何故、人類が生きていくためにフロンティアが必要なのでしょう。
その答えは、700万年前にまで遡ります。人類の祖先であるホモサピエンスは、700万年前にアフリカで生まれました。そこから「アウト・オブ・アフリカ」を果たし、人類は世界中に拡散していきました。

生物が生態系の中で占める位置づけのことを、ニッチ(生態的地位)と呼びます。通常、生物は生息できる範囲が決まっており(棲み分け)、その範囲を拡大するには数千万年の歳月が必要と言われています。しかし、人類はわずか数万年の間に地球全体に生息領域を拡大しました。人類のニッチ(生態的地位)は、生態系の中ではいわば特異なものなのです。それは、人類の知能が発達していたからこそ実現しました。人類には好奇心、コミュニケーション能力、豊かさへの憧憬があります。フロンティアを求め、広がり続けることで人類は進化し、これまでの歴史を歩んできました。

ところが、様々な問題によって、今、地球上のフロンティアは刻一刻と減少しています。人類が生息領域を広げ続ける宿命を持っているならば、フロンティアの減少は、人類滅亡につながる可能性も考えられるのです。地球上にフロンティアがなくなれば、私たち人類が次に足を踏み入れるのは宇宙しかありません。宇宙はほぼ無限に広がっており、太陽系を出れば豊富な資源があると言われています。
「アウト・オブ・アフリカ」ならぬ「アウト・オブ・アース」を達成するためには、
たくさんの人々を宇宙に運ぶ必要があります。私たちはこれらを実現するために、宇宙エレベーターの開発をしているのです。

宇宙エレベーターの仕組み 静止衛星を活用

人工衛星にかかる潮汐力

地球の周りを回る人工衛星には、地球の重力で内側へ引っ張られている力と、遠心力で外側に飛び出そうとする力、潮汐力(ちょうせきりょく)が同時に働きます。それらの力が釣り合っているので、人工衛星は一定の高度を維持しながら地球の周りを回り続けることができるのです。


静止軌道
一方、赤道の上空、高度約3万6000㎞を回る人工衛星は、周期が地球の自転と同じ。そのため、地上から見ると衛星は一点に静止しているように位置しています。この衛星を「静止衛星」、この高度を「静止軌道」と呼びます。この静止衛星から、強靭な“ケーブル(テザー)“を地球に向かって伸ばし、それを伝ってクライマーという機械を昇降させることで、地球から宇宙へ人やモノを輸送することが可能になります。

宇宙エレベーターの全長は14万㎞!

静止衛星から地上へ単純にケーブルを下ろしていくと、ケーブルにはたらく重力が遠心力よりも大きくなっていき、落下してしまいます。
落下を防ぐためには、地球とは反対側に約10万㎞ケーブルを伸ばし、引きあう力のバランスをとらなくてはなりません。それができれば、静止衛星は正しい高度を維持でき、地上から宇宙に向けてまっすぐケーブルを伸ばすことができるのです。宇宙エレベーターに使用するケーブルの全長は、何と14万キロにも及びます。

【コラム】
14万㎞ってどれくらいの長さ?
宇宙エレベーターに使用するケーブルの全長は14万㎞・・・
そもそも、全長14万㎞もあるケーブルを作ることは可能なのでしょうか?
そこで、世界の“全長”を集めてみました!

  • 世界中の道路の全長6,400万㎞
  • 世界中の鉄道の全長400万㎞
  • 天然ガス等を運ぶ世界中のパイプラインの全長200万㎞
  • 世界中のインターネットケーブルの全長100万㎞

ものづくりの世界では、既に14万㎞以上の長さのものを生み出しています。
したがって、14万㎞のケーブルも十分実現可能なのではないでしょうか。


佐藤 実(東海大学 理学部/清水教養教育センター講師)

 
100年以上前から「宇宙エレベーター」実現に向けた研究は始まっていた


宇宙エレベーターの研究は、今に始まったことではなく、実は、1世紀以上前から、少しずつ動きだしていました。
そこで、改めて宇宙エレベーターの歴史を振り返ってみます。

◆1895年
19世紀には、既に宇宙エレベーターの構想は誕生していました。ロケットよりも速く、地球から宇宙へ人やモノを輸送できると考えられていたのです。ロケットの到達速度をあらわす式を考えたことで有名なコンスタンチン・E・ツィオルコフスキーは、赤道上に塔を建てることを構想していました。

◆1960年
ユーリ・アルツターノフは宇宙からケーブルを伸ばし、ケーブルで地上と宇宙を行き来する方式を考案しました。
しかし、ケーブルの強靭さに加え、ケーブルの軽さも必要です。さらに、静止軌道には60㎬という驚異的な潮汐力がかかります。当時、その力に耐えられる材料は存在しておらず、宇宙エレベーターの実現は不可能だと言われていました。

◆1991年
飯島澄男が、炭素原子が六角形の格子状に結合する「カーボンナノチューブ」を発見。
炭素と炭素の結合は、強い結合を意味します。強靭なうえに中は空洞で軽いのが特長。その引っ張り強度は、ケーブルにはたらく力が最も大きくなる静止軌道でも切れることがないほどだとわかり、夢物語だった宇宙エレベーターの実現への道は一気に開けてきました。

◆1999年
NASAが“高度な宇宙インフラに関するワークショップ”を開催。
研究者のエドワーズにより、宇宙エレベーターのモデルが完成しました。
アメリカ、ヨーロッパ、日本で宇宙エレベーターの研究がスタート。海外では競技会が開催されたり、ヘリコプターで1キロのチューブを使用しクライマーに見立てた実験が行われたりと、世界中で盛り上がりを見せるようになっていきました。

◆2008年 
日本で「社団法人宇宙エレベーター協会(JSEA)」が発足。
国際会議やクライマーの競技会を開催。

近年では、2016年12月9日に打ち上げられた「こうのとり」に、初の宇宙エレベーター実験に向けた超小型衛星が搭載されています。
海外でも、国際宇宙航行アカデミー(IAA)で宇宙エレベーター開発ロードマップの検討が開始されるなど、世界中で宇宙エレベーターに関する動きが拡大してきています。



該当講座


六本木アートカレッジ 宇宙エレベーターで旅する未来
六本木アートカレッジ 宇宙エレベーターで旅する未来

佐藤実(東海大学理学部講師)×青木義男(日本大学理工学部教授)
ケーブルを使って宇宙を《昇り降り》する「宇宙エレベーター」の実現可能性が高まっているのをご存じですか?宇宙エレベーターでどんな宇宙旅行ができるのか、社会的、科学的、教育的な意義とは?実現までの課題は何か、日本が世界をリードするには、など「宇宙エレベーター」を専門とするお二人に具体的な事例をあげながらお話いただきます。


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