記事・レポート

六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第7回
ジャパンウェア~日本型ベンチャースピリットの行方~

現代日本の源をさぐる:松岡正剛×大澤真幸

更新日 : 2017年04月19日 (水)

第5章 空海、イチローに見るベンチャースピリット



「デュアル」であること

松岡正剛: ぼくは『空海の夢』(春秋社、1984年)という本を書いていますが、空海こそリスクテイクの最たる事例です。四国の山奥で育った若者が、運良く当時の最高学府・大学寮に入ったものの、エリートコースを投げ捨て、山に籠もってしまう。やがて彼は、従来の価値観を壊すために密教の道に進んだ。あるいは、伊藤仁斎、荻生徂徠、本居宣長もそう。彼らは皆、自分の内にあるリスクを喚起するトリガーを持っていた。だからこそ、新しい観念や概念を生み出すことができたわけです。

大澤真幸: おっしゃる通りです。昔の日本は大陸文化の影響を受け、真似していたように見える。明治以降も、西洋から来たものを真似していたように見える。しかし、オリジナル以上の創造性を発揮している例はたくさんあります。日本の禅宗も、最初は大陸仏教の真似でしたが、その後は日本の風土の中で洗練され、思想的な深みや広がりを得て、独創性の高い形に昇華されていった。

文字もそうです。中国伝来の文字がカスタマイズされ、今では3種類の文字を使い分けている。さらに、平安期の文学のひらがなを用いた圧倒的な創造性。特に、紫式部や清少納言など、女性が文学的才能を発揮していたのも驚くべきで事実です。

近畿地方で花開いた王朝文化と、東国で勃興した新しい社会技術としての武士団。それらの根底にある創造性、ベンチャースピリットは、明らかにある種の双対性を持っていたと感じます。現代を生きる僕たちも彼らの延長上にいるわけですから、創造性を発揮できない理由はないはずです。

松岡正剛: 双対性といえば、ぼくはかつての日本人がリスクテイクしながら創造性を発揮できた背景に、「デュアルスタンダード」があったと考えています。ダブルではなく、デュアルです。

かつての日本は、グローバルスタンダードと、日本の文化・風土に根ざした独自のスタンダード、双方で解釈可能、流通可能なものを創り出すことができた。例えば、『和漢朗詠集』を編んだ藤原公任、『新撰万葉集』を編んだ菅原道真のように、漢詩と和歌を対同的に並べたものをつくりだし、あるいは、儒教や仏教に神道を組み合わせた、おおらかな宗教形態をつくりだした。

自分の中に、デュアルスタンダードを可能にする価値観の流通機構を持つことができれば、ベンチャースピリットも、リスクテイクする勇気も湧き出してくると思います。

大澤真幸: デュアルであることは、日本文化の圧倒的な特徴でした。朝廷と将軍のように、デュアルな構造を持った懐の深い社会システムもあったわけですが、近代以降はすべてが一元化する方向に進んでいった。そうしたものを取り戻すことができれば……。

松岡正剛: 欧米的な価値観は否定しませんが、現在の日本には一時的にそれを仕舞い込んでおくための「蔵」がない。蔵があれば、衣服の夏物・冬物のように、しばらく続けた欧米型を一旦仕舞い込み、その代わりに日本型の価値観を復活させることもできるわけです。

今、必要なのは「概念工事」

大澤真幸: デュアルスタンダードの例として、僕がいいなと思っているのが、イチローです。イチローが成功した最大の理由は、彼が非常に日本的だったからだと思います。アメリカの風土やスポーツ文化の中から、彼のような選手が出てくるとは思えません。

イチローは才能があり、努力の達人でもあり、誰もが彼のようになれるわけではない。しかし、少なくとも彼は、日本でしか育たなかったであろう技術や感性を持っています。そこにメジャー流のエッセンスを加えつつ、自分の武器をさらに磨き、目の肥えたアメリカ人を楽しませている。これこそ、デュアルスタンダードですよね。

イチローは、彼の地のベースボールの価値観を変えたとも思います。基本的にメジャーリーグは、力と力の勝負が中心。内野にゴロが転がれば、その瞬間に勝負は終わり、観客も面白くない。ところがイチローの場合は、ゴロが転がった瞬間に本当の勝負が始まります。全速力で走るイチローを見て、守備をする選手も、観客も緊張する。つまり彼は、従来のベースボールになかった新しい価値観、楽しみ方を付加したわけです。これは非常にベンチャー的ですよね。日本流の価値観で見ても、アメリカ流の価値観で見ても通用する例として、イチローは非常に優れたモデルだと思います。

松岡正剛: 最初からグローバルばかりに目を向ける必要はない。「小さきもの」から始めて、自分なりのデュアルスタンダードを創っていけばいい。しかし、そのときに必ず、外の文化を自国文化に翻訳・変換するための「概念」が、自分の中になければいけない。ぼくの言葉でいえば、「概念工事」を日常的に行う必要があるわけです。ぼくは80年代に『概念工事』という本も書いているので、機会があれば手にとって見てください。(了)




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六本木アートカレッジ これからのライフスタイルを考える 「情報過多社会での暮らし方」
六本木アートカレッジ これからのライフスタイルを考える 「情報過多社会での暮らし方」

松岡正剛(編集工学研究所所長)× 大澤真幸(社会学者)
下剋上の戦国時代の日本人は、「ベンチャースピリット」があったようですが、現代は「日本人って自己主張しないよね」「日本って保守的な国だよね」そんな言葉を耳にすることがあります。では一体、現代日本のヒト・文化・社会の特徴はいつ、どこで形作られたのでしょうか?
二人の論客は、いつの時代のどのような事象に、日本人の源を見るのでしょうか? そして、これからどのような変化を想定するのでしょうか?加速度的に進むグローバル化の中で、何を変え、何を守るのか、一緒に考えていきたいと思います。


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