オピニオン・記事

流行作家・楡周平のまなざし

小説家は「日常」を明視する~ブックトークより

更新日 : 2017年02月14日 (火)

第7章 流行作家ならではの多彩な視点


「人間」を描く


澁川雅俊: 今回のブックトークに際して、流行作家が著したすべての小説作品を読み、その類型化を試みました。しかし、それぞれのモチーフと素材を理解し、物語を愉しんだものの、類別できない作品が3点ありました。

『羅針』(2012年)は、ビジネス小説でも、政策提言の物語でもなく、ましてや、バイオレンス、ミステリー、IT犯罪小説でもありません。昭和の時代、サケマス漁や捕鯨など、過酷な遠洋漁業に従事する男とその家族を軸に、親子の絆、生きることや働くことの意味を問いかける物語です。

南氷洋に向かう捕鯨船に、自分探しをする一人の若者が乗り組んできた。主人公であるベテラン機関士は、彼に同年輩の吾が子を投影し、何かと目にかける。そんなある日、海上で大しけに遭遇し、捕鯨船は絶体絶命の危機に直面してしまう。死への恐怖にとらわれる若者に、男は静かに語りかける。

「あのな、一つ教えてやる。死神はな、弱いものに取り憑くんだ。一歩前に進めば、それだけ生還に近づく。自分一人の命じゃない。俺がへこたれれば、仲間を危険に晒すと考えるんだ。この脱出行も船の仕事と同じなんだよ。生き延びることが、仕事であり、君に課せられた義務なんだ」

‘草食系’などと揶揄される若者が増えつつある中、作家は男の言葉を借り、現代の若者に何かを伝えているのかもしれません。なお、そうした‘男の生き方’は、作家の他作品でもしばしば出合うことができます。



作家はピカレスク小説でデビューしましたが、同時期にパロディ風の軽妙な作品『ガリバー・パニック』(1998年)も書いています。ある日突然、九十九里の砂浜に体長100mの巨人が現れる。とはいえ、その巨人は、足には地下足袋、頭にはヘルメット、話す言葉は博多弁。身長以外は私たちとまったく変わらないこの巨人をめぐり、国を挙げて上へ下への大騒動が始まります。ところが、巨人が純朴かつ温厚な性格で、何かと役に立つとわかった途端、ビジネスに利用しようと画策する企業、巨人絡みの利権にあずかろうと政官界も動き出す。さて、巨人はどうなるのか?



最後に、同じく初期の作品『青狼記』(2000年)を取り上げます。青狼と言えば、井上靖『蒼き狼』からの連想でチンギスハン(成吉思汗)に拠りそうですが、こちらは中国古代史『三国志』(小説では『三国志演義』)の幕開けの頃の英雄たちを描いた物語です。

かつて、吉川英治は『三国志』(初出1940年)で、多くの日本人の血を沸き立たせましたが、『青狼記』の帯解説には、「この物語には日本人が失ってしまった心、愛、正義、友情、義理・人情などのすべてがある」と書かれています。煩悩にまみれた現世において、時代小説の中でその悩みをひと時でも忘れ、清々しい気分を味わうのも一興でしょう。なお、この作品は作家唯一の時代小説です。


ライブラリアンのこぼれ話

今回、40回という節目を迎えた「ブックトーク」。その開始早々、ライブラリー・フェローの渋川氏から「実は本日、流行作家ご本人に来ていただいています」との言葉が……。節目の回ならではの嬉しいサプライズに、参加者から拍手が起こりました。


その後、トーク前半は渋川氏が幅広いテーマを扱ってきた楡周平作品の見どころを紹介。そして後半は、「自分の作品を目の前で評されるのは恥ずかしい」と、思わず照れ笑いを浮かべる作家ご本人にバトンタッチ。


長く日本の社会・経済・文化を見つめてきた楡氏が、わが国の喫緊の課題として取り上げたのが、「少子化による人口減少」です。人口減による消費構造の変化により、従来、完全内需型だった日本経済が根本から変わってしまうこと。そして、ネット社会の進行により、日本が積み重ねてきた「知の所産」が失われていくこと。それらに対して「大きな危機感を覚えている」と語る作家の言葉に、参加者は熱心に耳を傾けていました。


1本のペンを通して、先が見通せない未来を切り拓くかのように、数々の作品を生み出してきた楡周平氏。今後も楡氏は、日常を明視しながら読者を魅了する作品を著してくれることでしょう。(了)



該当講座


アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する
アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する

今回は『Cの福音』から『ドッグファイト』まで、三十点以上の作品で小説読者を魅了し続けている、ある流行作家の全作品を取り上げます。



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