記事・レポート

流行作家・楡周平のまなざし

小説家は「日常」を明視する~ブックトークより

更新日 : 2017年02月10日 (金)

第1章 激動の世界、その表裏を疾走する物語

これまで30点以上の作品を著し、いまもなお小説読者を魅了し続けている流行作家・楡周平氏。鋭い観察眼と洞察力をもつこの作家は、現実世界で起こるさまざまな事象から「ことの真実」を見いだし、エンターテインメント性の高い物語を通して、私たちに新しい視点を提供してくれます。今回のブックトークは、ビジネスパーソン必読の書も手掛けてきた流行作家の「まなざし」に迫ります。さらに、多忙を極める作家自身が会場に姿を現し、創作活動の一端を語るというサプライズも……。

<講師>
澁川雅俊(ライブラリー・フェロー)
※本文は、六本木ライブラリーのメンバーイベント『アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する』(2016年10月7日開催)のスピーチ原稿をもとに再構成しています。


若き’ピカロ’、颯爽登場!!

澁川雅俊: 流行作家とは、これまでも、そしてこの先も、次々と作品を発表する小説家のことです。彼らはデビュー後、新聞や雑誌に連載をもち、毎年1点以上の単行本を出版、そのほとんどが文庫化されます。

作家はそのために「日常」を明視します。見過ごされがちな些細なことにも眼を向け、その裏に何があり、この先どう展開するかに思いを馳せ、そこからめまぐるしいまでの虚構の世界を創り上げ、ことば巧みに読者を惹き付けていきます。それゆえに、私たちは愉しみながら、しばしば「ことの真実」に迫ることができるのです。

流行作家の一人、楡周平は『Cの福音』(1996年)で作家デビューを果たします。この作品で、彼はクールでスマートな‘ピカロ’朝倉恭介を颯爽と登場させ、大ヒットを飛ばします。ピカロとは「ならず者、悪漢」の意。つまり、この作品はアンチヒーローを描いたピカレスク(悪漢小説)です。

天涯孤独の若者だった恭介は、ニューヨークマフィアのボスに育てられ、長じてからは麻薬密輸で暗躍し、続編『猛禽の宴』(1997年)ではマフィアの抗争で活躍、『ターゲット』(1999年)ではその類い希な身体能力を買われ、CIA工作員として北の某国に潜入し、生物兵器の破壊工作を成し遂げます。とはいえ、彼は冷酷無比なアウトローではありません。愛飲の煙草はゴロワーズ、ひと時身を委ねるはショーロの調べ。寂しがり屋のハードボイルドで、物語の端々で人情味を漂わせています。

そんなピカロも、『朝倉恭介~Cの福音・完結編』(2001年)でついに終焉を迎えます。かつては協力関係にあったCIAが、脅威の身体能力と謀略力を恐れ、彼の排除を決めたのです。最後は、作家が朝倉恭介シリーズと同時期に著した作品のヒーローに撃たれ、岸壁の下に姿を消します。
 
迫るカオティック・クライシス

澁川雅俊: 『Cの福音』に連なる作品は過酷なまでにハードアクションの物語ですが、一方で作家は同時期に著した3つの作品において、それらとは異なる側面から国内外のカオスを描いてみせます。

『クーデター』(1997年)では、地下鉄サリン事件を想起させる新興宗教による苛烈なテロ、某国による能登半島への侵攻を、『クラッシュ』(1998年)では、ある出来事により復讐の鬼と化した天才的女性プログラマーが、世界中にウィルスプログラムを蔓延させ、サイバー・テロを試みます。さらに『無限連鎖』(2002年)では、国際テロリストが原油を満載したタンカーをシージャックし、東京湾内に進入、その爆破を盾に日米政府を巻き込んだ対応を迫ります。

これらのカオティック・クライシスに、作家はヒーロー役となる一人の報道写真家を登場させます。実は、彼こそが『Cの福音・完結編』で朝倉恭介を始末した人物なのです。

沖縄米軍基地問題を背景に描かれた『スリーパー』(2014年)は、基地に対するミサイルテロという窮地を、CIAの秘密工作員である一人の日本人が救う物語です。しかし、実は主人公の陰で人知れず‘ピカロ’が復活し、重要な役割を果たしたことを、作家は物語の一隅で示唆しています。

該当講座


アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する
アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する

今回は『Cの福音』から『ドッグファイト』まで、三十点以上の作品で小説読者を魅了し続けている、ある流行作家の全作品を取り上げます。