記事・レポート

建築家・谷尻誠の「誤読」のすすめ

コンペ失敗例に学ぶ、真に勝つための思考術

更新日 : 2013年02月26日 (火)

第1章 空気が「読めない」のではなく、空気を「読まない」

「大学にも行っていないし、建築の師匠もいません。いいものをつくるにはどうしたらいいのか分からず、自分で考えてきました」という、建築家の谷尻誠さん。広島と東京を拠点とし、住宅・商業空間・会場構成・ランドスケープ・複合施設など幅広い建築を手がけています。あえて「空気を読まない」ことで、イノベーションを起こす独自の思考術を<六本木アートカレッジ>で披露してもらいました。誰もが明日から生かせる新しいもののつくり方と、社会に問題提起をする真の独創性を学んでみませんか。

ゲストスピーカー:谷尻誠(建築家/Suppose design office 代表)

谷尻誠(建築家/Suppose design office 代表)
谷尻誠(建築家/Suppose design office 代表)

 
よりよい図面を提案したら、仕事がなくなった

谷尻誠: 今日は「誤読」というテーマでお話しようと思います。これは、僕がもともと「空気が読めない」ことを意味しています。世間でよくいわれる「KY」ですね。

例えば独立したての頃は、他人の図面を手伝っていました。下請けのあるべき姿は「言われた通り」に「言われた期間内」で納めることですよね。けれど元請けから来る図面がイマイチなので、「もっとこうした方が良いのではないですか?」という提案をしてしまいます。そんなことをすればするほど時間が延びて、期限も守れない。気付いたら、下請けの仕事がことごとくなくなってしまいました(笑)。

大胆なものを求められたのに、大胆すぎた

谷尻誠: また、初めて海外から設計の依頼をいただいた時。クライアントから「とにかく大胆なものを設計してほしい」と言われたので、浮き足立った僕は大胆なものを提案したのです。敷地に石がばらまかれていて、石の中が部屋になっている。そこに屋根をかけると、自然の風景の中にリビングが現れます。こうした提案をすると、「大胆なもの」を望んでいたクライアントから、なんと「大胆過ぎる」と言われたのです(笑)。

女子大のランドスケープをつくるコンペでは、「畑で風景をつくろう」と提案しました。食育を重視したカリキュラムにも合っていたので、これは勝てるのではないかと思っていましたが……。一番に落とされてしまいました(笑)。この大学は田舎にあり、「山から鹿や猿が下りてきて授業どころではなくなってしまう」というのが落選の理由です。おかげで、周辺環境のリサーチをする必要性を学びました。

社会の価値観ではなく、自分の価値観で考える

谷尻誠: このように、初めは自分の言いたいことばかりを言っていて、僕はまさに「KY」そのものでした。でも、だんだん他人の話も聞けるようになってくると、「全部聞いたうえで聞かない」というのは結構大事なのだと思えてきました。要は「空気が読めない」のではなくて、全部分かった上であえて「空気を読まない」。ファッションでも最初は雑誌を参考にしますが、だんだん物足りなくなってきて、他のものを組み合わせて自分のスタイルをつくり始めます。それと同じですね。

僕は大学にも行っていないし、建築の師匠もいません。いいものをつくるにはどうしたらいいのか分からず、自分で考えてきました。だからこそ、こういう考え方にたどり着いたのだと思います。世の中では誰かが一から教えてくれ、レールを敷いてくれるので、「これって、こういうものだよね」と自分で決めてしまいがちですよね。けれど、そのために新しいものに出会えなくなっていて、そこにハマると出られなくなってしまう。社会の価値観に頼らずに、自分の価値観で決めることはとても大事なのですね。