記事・レポート

建築家・谷尻誠の「誤読」のすすめ

コンペ失敗例に学ぶ、真に勝つための思考術

更新日 : 2013年03月01日 (金)

第3章 「揺れる橋」を設計するのはダメですか?

谷尻誠(建築家/Suppose design office 代表)

 
負けるコンペ

谷尻誠: 僕の事務所では、ひっきりなしにコンペに挑戦しています。今日は、その失敗例をたくさん持ってきました。事務所では「問題解決より、問題提起をするべきだ」という方針を掲げています。コンペがあると、要項に書かれていないことまで提案してしまいます。余計なお世話ですよね。

例えば、広島にはイサム・ノグチ※2さんという彫刻家がつくった橋があります。この平和大橋は手すりが低くて危ないので、上流と下流に歩道橋をつくるプロジェクトが立ち上がりました。そこで僕は、イサム・ノグチさんの橋を邪魔しないように「薄くて存在感のない橋をつくりましょう」と提案したのです。考えたのが、「あやとり」のような形です。「あやとり」は、右手と左手で糸を引っ張ってテンションをかけることで成り立ちます。だから、橋の両端にコンクリートで重い広場をつくろうと提案しました。そうしてテンションをかければ、30cmくらいの目立たない薄さで、90mの橋を架けることができるのです。広場をつくることは頼まれてはいませんでしたが、国際コンペでファイナルに残りました。

この橋は、平和記念公園や原爆ドームに行くときに渡るものです。過去に起こった出来事を記憶として持って帰るために、たくさんの人がやって来ます。だから、僕らの橋も「渡った」という記憶を体で持ち帰ってもらおうと、わざと「揺れ」を設計したのです。いざ、それを公開プレゼンで提案すると、一言目に審査委員長から「問題作が出てきましたね」と言われました。橋が揺れることは、一般的に絶対にダメなのだそうです。意図的に揺らしているものならいいだろうと、僕は思うのですが……。それにしても、審査委員長というのは最後に語るべき人ですよね。一番先に「問題作だ」と言われると、ほかの審査員たちもそう思ってしまいます。例え、そのせいで負けたわけではないにしても、審査委員長としてはあるまじき行為ですよね(笑)。

日本にがっかりして、海外のコンペに出したのに…

谷尻誠: 「日本はつまらない」と思い、次はポーランドの博物館のコンペに出ました。ポーランドは寒い国なので「土の熱を使いながら、地下に博物館をつくろう」と提案しました。平らな敷地を、ひだのように掘って表面積を増やすのです。砂利も全てガラスに変えて太陽熱も蓄えつつ、開放的な博物館にしましょうと。風が非常に強い地域だったので、地上に建物が突出しない形が良かったですし、風力発電も使えます。

余計なお世話ですが、博物館の上には公園を設計しました。公園に遊びに来た人が、何となく博物館の中の活気を見て足を運びたくなる。そのような環境づくりから提案したのです。結構いい案だと思っていたのですが……、ある日、提出したボードが事務所に戻ってきていました。「不在票を置きましたが、事務局の方が取りに来ないので返送します」と書いてありました(笑)。日本での状況にがっかりして海外に出したのですが、海外では見てさえもらえない、という残念な出来事でした。

治安の悪さを改善するアパート

谷尻誠:  20部屋の学生用アパートをつくるギリシャのコンペでも、ファイナルに残りました。ワンルームというものを形作っているのは、「寝る」「収納する」「入浴する」行為と、「余白」です。「余白」を個室から無くして、20部屋分の「余白」を集めた大きなリビングをつくろうと提案しました。クライアントからは「治安が悪い地域なので、それを改善できるような建築の在り方を提示してください」という意向もあり、人が常にいるような明るくてにぎやかな空間を考えたのです。建築家の審査員の方はすごく推してくださったのですが、最後の最後にデベロッパーの方から「部屋が狭い」という理由で落とされてしまいました。

※2 彫刻家、画家、インテリアデザイナー、造園家・作庭家、舞台芸術家。主な作品は、モエレ沼公園(1988年-2005年)、リリイ・アンド・ロイ・カレン彫刻庭園(1985年)など。