記事・レポート

建築家・谷尻誠の「誤読」のすすめ

コンペ失敗例に学ぶ、真に勝つための思考術

更新日 : 2013年03月05日 (火)

第4章 最大の敬意を込めて、隈研吾さんの足元をすくう

2012年秋1day六本木アートカレッジ「誤読」谷尻誠(建築家)会場の様子

 
駅のはじまりを考える

谷尻誠: 群馬県の富岡という町では「富岡製糸場を世界遺産にしよう」という動きがあり、富岡駅舎のコンペにも出ました。審査委員長は、皆さんもご存じの隈研吾さん。隈さんは『負ける建築』(岩波書店)という本の中で「建築はあくまでも脇役で、その場で起きる出来事や人が主役になるんだ」ということを「負ける」という言葉で示しています。けれど、僕から見ると隈さんの建築は負けていないのです。すごく勝っているんです(笑)。そこで、「『負ける建築』っていうのはこういうことですよ」とさりげなく僕が教えてあげることで、最大の敬意を込めて隈研吾さんの足元をすくいに行こう、というテーマを立て挑みました(笑)。

まず考えたのは「駅のはじまり」です。駅というのは、もともと商人たちが物を持ち寄って、休憩をして、情報交換をしていた場所。だから僕らは「駅は休憩所として、最低限の屋根さえあればいい」と提案しました。白い屋根だけをかけて、自動改札も置かない。富岡製糸場を見に来た観光客を、立派な建物が迎え入れるのではなくて、群馬の人たちが迎え入れる形としたのです。富岡製糸場はレンガでつくられていますが、ファイナルに残ったほかの案はすべてレンガを使っていました。僕は「電車でピラミッドを見に行ったとして、もし駅そのものがピラミッドだったら、ピラミッドを見るときに高揚感が落ちる」と主張したのですが、結局レンガ案が1位で、僕らは2位でした。

イノベーションは、完成するとベーシックになる

谷尻誠: スタッフからは「谷尻が暴れると、いいところまでは行くけど大抵2位で負ける。いいかげん勝ちたい」と言われます。しかし、勝つことを目的にするよりも、僕は社会に対して問題提起をしたいのです。アバンギャルドな案には危うさも孕みますが、ある瞬間に誰かが推してくれて実際の形となりはじめると、それは世の中の人にとってベーシックになり始めるのですよね。

昔の人も、常にイノベーションを続けていたはずです。新しいものに挑戦した結果が、いまでいう古典とか伝統になっていると思うのです。いまの社会は、昔良かったものを残すことが目的のようになっていて、イノベーションがない。それでは未来にタスキが渡っていかないと思うわけです。

ついにコンペに勝てたけれど……

谷尻誠: ようやくコンペに勝つ機会がやってきました。今年初めに、川崎市で保育園をつくるプロジェクトがあったときのことです。「街のなかに丘をつくる」というコンセプトで、丘と保育園が一体となったものを考えました。子どもたちがこの丘を登るときに、互いに手を取り合って助け合うことを覚える。そういう教育の一環となりえる形を提案しました。1位を獲ることができ「やっとつくれる」と思っていたら、やはり落とし穴が用意されていました(笑)。川崎市の偉い人がやって来て、「屋根の上(丘の部分)に登ってはいけません」。この一言で、この案は没になりました。よく「見えない力が働く」と言いますが、このときは「あからさまに見えるんだけど、見えない力」にやられた気がして、悔しい思いをしました。