記事・レポート
今こそ読みたい『古くて新しい記事』2009
~ストックされた知識から学ぶということ~
人が集まることがリスクとなった現在、これまで数多くのイベントを開催してきたアカデミーヒルズでも以前のように多数の方がお越しになるイベントを開催できない状況が続いています。家で過ごす時間が増え、今までの生活の見直しを迫られる中、これまで新しい情報や刺激を追い求めてきた生活も考え直す時期がきているのではないでしょうか。
過去の書籍、過去の映画、過去の音楽ライブ、過去の演劇など、これまでにストックされてきた素晴らしいコンテンツの数々がいま脚光を浴びています。コンテンツを一過性で消費して終わりではなく、過ぎた時間と照らし合わせることによって気づきを得られることもある、と私たちは考えます。
アカデミーヒルズでも、これまで実施してきたイベントをレポート記事という形でご紹介し、2008年よりストックしてまいりました。登壇者の皆さまの素晴らしいお話のエッセンスが詰まっています。
この企画では、アカデミーヒルズでストックされている「古くて新しい」記事をピックアップしてお届けしてまいります。私たちは過去の登壇者のお話から今、何を学べるのか?自分を内省する時間の糧として、今でも新たな発見やヒントが散りばめられている過去の記事を読み直してみませんか。
2009年 ピックアップ記事
2009年はリーマン・ショックの金融危機がさらに世界に波及し「100年に一度の危機」と言われた年でした。欧米のメディアが “A New Normal”(新しい日常)という言葉を頻繁に使ったのもこの年です。新型コロナウイルスはリーマン・ショックとは比較にならないレベルの破壊力だと言われますが、2009年当時も多くの人が仕事や住む場所を失い、世界中が混乱に陥り、「新しい日常」という同じ言葉が使われた状況は現在と共通項があると感じます。
このような不安定な時期に、米史上初のアフリカ系大統領として1月に就任したバラク・オバマ氏に世界中の人々が熱狂的に「希望」を見出しました。
こうした世相を反映してか、2009年の記事は「部分的思考しかできない人間の特性」や「人間が抱える矛盾」を浮き彫りにします。それでも諦めずに、ベストではなくてもベターな道を探ること、希望を持つことの大切さを気づかせてくれます。また、人間とはどういう生物かを歴史や宗教的観点から見つめ直すもの、「忘れがちだけど、日常で大切にしたいこと」、そしてリーダーシップに焦点を当てるものもありました。
ピックアップした記事は、それぞれが1冊の本に匹敵するほどのエッセンスが凝縮されており、どれも短時間で読めるのに、読み応えがあるものばかり。社会を見る視点を変え、自分を見つめ直すきっかけをくれそうです。今回、ヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗さんにコメントをいただきました。いま、コロナ禍で世界で起きていることについて書いてくださっています!
福祉がいまできること~横浜市副市長の経験から
【登壇者】前田正子(財団法人横浜市国際交流協会 理事長)
【連載開始】2009年2月
2003年から4年間、当時の中田宏・横浜市長から請われて横浜副市長を務めた前田正子氏の講演記事。福祉・医療・教育の担当として横浜の現場で経験した日本社会の現状がリアルに語られ、「本当に必要な公的サービスとは何か?」を真剣に考えさせられます。
予算の拡大とともに行政サービスも拡大し、あらゆるニーズに応えることができていた時代は過去のもの。財政再建をすべきときに、どの公的サービスをやめるべきか、を決断していくのは厳しいことです。多様なニーズがある中、人々は自分の利害のところで部分的思考に陥り、そこの予算を削ると批判されます。しかし、全てのニーズにはもう応えられません。限られたパイ(予算)を使って「どうしたら今より”ベター”にできるか」を真摯に現場で模索してきた前田氏の姿に心を打たれます。
福祉がいまできること~横浜市副市長の経験から~(記事全文はこちら)
生命観を問い直す
【登壇者】福岡伸一(分子生物学者/青山学院大学理工学部 化学・生命科学科 教授)
【連載開始】2009年3月
福岡伸一氏のベストセラー『生物と無生物のあいだ』が新型コロナウイルスの影響で現在再び読まれているそうですが、この記事もアクセス数が増え続けています。講演では、科学者ルドルフ・シェーンハイマーが示した「生命は体の中で分子が絶え間なく分解と合成を繰り返す流れの中にある」という「動的平衡論」を紹介し、「生命に部分はない」「世界をどれだけ分けても、結局世界全体を知ることはできない」という結論を導きます。さらに、人間が「部分的な思考」に陥りがちで、部分からロジックを作る特性を持っていること、それがゆえに、人間が狂牛病を始めとした食の安全問題や環境問題を引き起こしていることを指摘します。
「真偽」「善悪」に加えて、「美醜」という判断基準を呈する福岡氏は、科学者でありながらサイエンスを越えたところに希望を見出します。
「真偽」「善悪」に加えて、「美醜」という判断基準を呈する福岡氏は、科学者でありながらサイエンスを越えたところに希望を見出します。
生命観を問い直す(記事全文はこちら)
縄文の思考 ~日本文化の源流を探る~
【登壇者】小林達雄(考古学者/國學院大學名誉教授)
【連載開始】2009年4月
縄文研究の第一人者・小林達雄氏は、縄文人の生活様式や言葉から「日本人は歴史的に自然と共生してきた」ことを読み取ります。縄文文化は土器の使用で知られますが、土器の発明が遊動的生活から定住的生活への転換を可能にし、縄文特有の文化を育みました。農耕がもたらした欧州・中国大陸の人類の定住は自然を「征服する対象」とみなしたのに対し、土器から始まった縄文の定住は狩猟・漁猟・採集を基盤とし、自然の恵みから頂く食料を絶やさないため、「自然との共生」やアニミズムの文化が培われました。
小林氏は、現代の日本人が縄文文化を知ることで、私たちが心の中に受け継いできた日本の文化的要素を未来に向けての「理論的根拠」とすることを訴えかけます。「ウイルスとの共生」叫ばれ、世界が環境問題への対応に迫られる今こそ、この記事は深い示唆を与えてくれます。
縄文の思考 ~日本文化の源流を探る~(記事全文はこちら)
オバマ大統領と今後のアメリカ
【登壇者】ジェラルド・カーティス(コロンビア大学名誉教授)
【連載開始】2009年6月
毎年人気のシリーズ、カーティス教授のライブラリートークでは、この年に米国大統領に就任したバラク・オバマ氏のリーダーシップについて取り上げました。民主主義国家の場合、偉大なリーダーになる条件の一番大事なことに「国民に説明をして納得させる説得力」がある、と強調するカーティス先生。「どういう国にしたいか」という自分の哲学を持ち、自分の言葉で国民を説得する努力を惜しまないオバマ前大統領のリーダーシップと外交戦略を解説しながら、日本の政治家の問題点を指摘します。
コロナ禍で各国首脳、地域の首長のリーダーシップが問われる中、改めて読みたい講演録です。
オバマ大統領と今後のアメリカ(記事全文はこちら)
今、日本が大切にすべき“プリンシプル”を考える
~『白洲次郎 占領を背負った男』著者・北康利、竹中平蔵が白洲次郎を語る~
【登壇者】北康利(作家)、竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長)
【公開開始】2009年9月
戦後アメリカ占領下の日本では、アメリカに対して阿る官僚や政治家が多かったと言われます。しかし、吉田茂外務大臣の要請により終戦連絡事務局参与となった白洲次郎は、GHQに対して一歩も退かず対等に交渉し続け、「従順ならざる唯一の日本人」としてアメリカ本国に報告されたと言われます。
戦後という激動の時代に日本に誇りを持ち、国全体の利益を考え行動した白洲次郎の「生きる上での美学」、すなわち「プリンシプル」に迫った作家の北康利氏をお招きし、白洲次郎の生き様を通じて日本人に求められる「プリンシプル」を探る内容です。キーワードの1つが「イーグル・アイ」、一歩引いて俯瞰してみることの大切さです。「部分思考」に陥りがちな私たちに警鐘を鳴らします。
世界金融危機に直面し、大きな変化の波にいた当時に白洲次郎の「生き方」から学ぼうとする試みは、コロナ禍にある現在の私たちにも参考になるのではないでしょうか。
今、日本が大切にすべき“プリンシプル”を考える(記事全文はこちら)
ビジネスマンは人権問題と無縁か?
~マネックス松本大社長、ノーベル平和賞受賞のNGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ代表と人権問題について考える~
【登壇者】松本大(マネックスグループ株式会社代表取締役社長CEO)
Kenneth Roth(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ代表)
土井香苗(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表)
【公開開始】2009年9月
ノーベル平和賞受賞歴がある国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)が日本オフィスを開くタイミングでHRWの最高責任者Kenneth Roth氏が来日し、実現した貴重なセミナー。世界の紛争地域で迫害を受ける人々、難民問題、独裁者による拉致や拷問、と聞くと、日本人の日常から遠く離れた場所での話と思いがちです。しかし、多様性の認識が普及した今、人権問題は身近にあることに気づきます。
公正で正確な調査を通じて人権侵害をあぶりだし、独裁者といえども対等に交渉し、国際社会に訴えて世界の政治を変えていく --- 人権に特化したプロNGOのその姿には圧倒されます。
HRWは活動の手を緩めることなく、現在もコロナ禍で発生している差別や人権侵害について積極的に問題を調査し、発信を続けています。彼らの手法を知ることで、世界の問題がより身近に感じられます。
ビジネスマンは人権問題と無縁か?(記事全文はこちら)
土井香苗さんからコメントを頂きました
10年前の講演ですが、今読んでも鮮やかな内容です。「ビジネスマンは人権問題と無縁か?」10年前にマネックスの松本大さんが問いかけたときはとても斬新な問いかけでしたが、今ではたくさんの会社がSDGsを掲げています。「誰一人取り残さない」=個人の尊厳 人権の根幹の考え方が日本社会でも受け入れられてきていると感じます。
そんななかで新型コロナウイルス感染拡大が起きています。新型コロナウイルスは、すべての人の生活に影響を与えています。特に、子ども、女性、性的マイノリティ、高齢者、障害者、難民・移民・移民ルーツの人、非正規労働者など、社会で脆弱な立場にある人への影響が特に深刻です。デジタル監視技術も人権の議論をよびます。
そこで、ヒューマン・ライツ・ウォッチは世界中でこれまで以上に発信を強め、リモートワークではありますが組織がフル回転しています。その必要があるからです。
一方で、この事態からは、自分が健康でいるためには、周りの人も健康でなくてはならないこと、そして私たちが国境を越えてグローバルにつながっていることに改めて気づかされます。今こそ、住む場所や人種、信条の違いにかかわらず、私たち一人ひとりがみな、やさしさと希望をもつにふさわしい存在だと思い起こすときではないでしょうか。
夜明けの来ない夜はない、コロナ後がよりよい社会、よりインクルージブで人権を尊重した社会になるよう、今頑張りたいと思います。
※記載されている肩書は当時のものです。
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