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ジャーナリズム精神に則る、確かな審美眼

セミナーレポート:ポスト・ラグジュアリーの時代

更新日 : 2011年11月30日 (水)

東日本大震災からの復興へ向けて動き出している日本が抱える問題、日本が直面する問題について、世界のオピニオンリーダーたちからの提言をまとめた『日本の未来について話そう』。本書に「ポスト・ラグジュアリーの時代」を寄稿するタイラー・ブリュレ氏が登壇したセミナーをレポートします。

(文/さとうわたる 写真/御厨慎一郎)

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「ポスト・ラグジュアリー」の時代~これからの日本のライフスタイルを探る~
日時:2011年11月14日 (月) 19:00~21:00
スピーカー:タイラー・ブリュレ (『Monocle』編集長/クリエイティブディレクター)
モデレーター:田居 克人 (ファッション・エディターズ・クラブ代表理事/中央公論新社事業戦略本部副本部長兼編集企画部長)

『wallpaper』から『Monocle』へ


ポスト・ラグジュアリーを体現するスタイルで登壇したタイラー・ブリュレ氏


世界が舞台のジェットセッターたちのラグジュアリーなライフスタイルを表現した雑誌『wallpaper』の編集長として君臨した、タイラー・ブリュレ。ファッションやライフスタイルのイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、BBCのレポーターからキャリアがスタートした生粋のジャーナリストで、「Financial TImes」の連載をもちながら、スイス航空やアメリカン・エクスプレスといった企業のブランディング/広告を手がけるクリエイティヴ・ディレクターとしても活躍。その確かな審美眼は雑誌『Monocle』プロジェクトでも垣間みることができます。

ブリュレ氏がアカデミーヒルズに登壇したのは、世界のオピニオンリーダーたちが提言をよせ、話題を呼んだ書籍『日本の未来について話そう』のセミナー。基調講演ともいうべき冒頭のプレゼンでは、『Monocle』創刊前夜に行ったリサーチの話、『日本の未来について話そう』に寄稿した内容〜日本はいかにして“ポスト・ラグジュアリー”の時代へと突入したか〜といった話を披露し、多くの示唆にとんだ話が出てきました。

『Monocle』が創刊された2007年当時、ブログをはじめとするデジタル・メディアの台頭、またネット広告への出稿量が増えてきた頃で、既存の新聞、雑誌の紙媒体、TVといったマスメディアの未来が危惧される意見がささやかれた頃でもありました。マスメディアからデジタルメディアへのパワーシフト、共存の可能性を探りはじめた時期といえます。特に雑誌などの紙媒体におけるクリエイティヴの領域でも、フィルム撮影からデジタル撮影への移行にともなう写真表現も印刷を含めてまだまだ板についていたとは言えない状況だったと言います。こういった時期になぜあえて“雑誌”を出版したのか? そして、なぜ東京に支局をかまえのか? という2つの大きなギモンが周りから寄せられたそうです。それでも、世界中のキオスク、書店などをリサーチした結果、ブリュレ氏は『Monocle』を創刊させたといいます。

A〜E(Aはaffairs、Bはbusiness、Cはculture、Dはdesign、Eはedit、ナビゲーション)とシンプルに分類されたトピックでジャーナリズムへのこだわりをみせる内容、品質へのこだわり~用紙、印刷、インク〜をもつ『Monocle』は、デジタルでは決して実現できないものとして高い評価を得ています。また、雑誌以外にも吉田カバンをはじめとしたコラボレート商品の開発、先頃有楽町にオープンしたカフェ。『Monocle』ブランドを拡充すべく、新しいビジネスモデルを作るための工夫に取り組んでいます。

日本はいまもイノベーションの国


ファッション・エディターズ・クラブ代表理事・田居氏との対談風景

世界的な有力メディアの東京支局が軒並み退去している中で、どうして東京に支局を開設したか? これに関しては、“日本はいまでもイノベーションの国である”と明言した上で、いよいよ本題の、「いかに日本はポスト・ラグジュアリーの時代へとなだれこんだのか」について話してくれました。

詳細は「ポスト・ラグジュアリーの時代」に譲るとして、上質の品にストーリーを絡めて販売するグローバル・ブランドが、もはや小手先のマーケティングと売り上げにこだわるあまりブランドのネームヴァリューだけを売っているようないまの時代。これにおいて日本では「オタク」「カイゼン」などディテールにこだわり、品質を改善・向上させようとする動きがあること。伝統を守っていく姿勢があること、西洋の有識者が多々持つシニシズムではなく「ゲンキスピリット」ポジティヴな姿勢をもっていること、上質への飽くなき探究心があること…。

ラグジュアリーの“その後”


当日Q&Aで最後を飾ったのはファッション・ジャーナリストの生駒芳子氏
『wallpaper』で示されたラグジュアリー観のいわば“その後”をタイラー氏は日本に見いだしているのです。つづく対談の相手として登壇した、ファッション・エディターズ・クラブの田居氏が「日本を褒めすぎて、ややこそばゆい」発言をしてしまうほど日本に高い評価をするブリュレ氏。

一方で彼が終始発言していたことは、「日本のマーケティング力の脆弱性」でした。例えば、日本のクリスマスのイルミネーションのスポンサーが韓国企業のPRの場となっている現状を、我々はどう感じているのか。海外で大々的なプロモーションを行っているの日本企業はもはや存在するのだろうか。日本の海外向け放送が発信している番組をみても、魅力を感じるとはいえないレベルと感じる、等々。確かな技術力をもちながらも、ワールドスタンダードどころかガラパゴスに陥ってしまっている日本や日本人のもつ文化的背景を理解した上での鋭い発言の数々にはっとさせられる場面が多々ありました。

1年間になんと200日以上も国外にいるという旅を続けていられる理由は?という問いに、ブリュレ氏は「ジャーナリズムにおけるリサーチというのは日がな一日、部屋にこもってネットサーフィンをして得られるものじゃない。現場へ赴き、人と対話し、経験としたことを時に同僚と意見交換しながら膨らましいくことが本来の姿だと思うから」と応えていました。マーケティングのカイゼンはもちろん、原点回帰も真のラグジュアリーへの過程には必要なことではないだろうか。そんなことを考させられたセミナーでした。

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