国際経済の最前線を追う、作家黒木亮直伝!
取材の心構えと作品づくりの裏側!
【後編】黒木亮氏が明かす、最新作『国家とハイエナ』にまつわるエトセトラ
一通りテーマの決め方、取材のポイント、情報整理のやり方などについてお聞きしたところで、大ヒット中の最新作『国家とハイエナ』について、貴重な取材エピソードを交えながら、お聞きしました。
◆『国家とハイエナ』の概要
『国家とハイエナ』は、破綻した国家の債務を二束三文で手に入れ、ホールドアウト(交渉拒否)して訴訟を起こし、債務国から莫大なリターンを上げるヘッジファンド、通称「ハイエナ・ファンド」について事実を元に描いた経済小説です。
◆テーマに設定したキッカケ
(ⅰ)「ハイエナ・ファンド」が存在するという事実
その事実を最初に知ったのは、金融専門誌『Euromoney』の2006年9月号を読んでいたときのこと。
「How litigation became a priceless commodity(訴訟はいかにして無限の価値のある商品になったか)」というタイトルの記事を見つけました。
アメリカのヘッジファンドであるエリオット・アソシエーツの子会社、ケンジントン・インターナショナルがコンゴ共和国の債務を安値で買い、金利とペナルティを含めた全額の返済を求める訴訟をニューヨーク他、世界各国で提起したという内容でした。
ケンジントン・インターナショナルは、コンゴ政府が債権者の差し押さえを免れるために、フランスの大手金融機関であるBNPパリバから石油の輸出前貸しを受けていることを見破り、グレンコアが用船したコンゴ産の原油を積んだタンカーを差し押さえ、さらに、米組織犯罪規則法に基づきBNPパリバをニューヨークの裁判所で訴えたという話が書かれていました。更に、エリオット・アソシエーツの最初の勝利は、コンゴではなくペルーであり、他国でもハイエナ・ファンドと国家の攻防が繰り広げられている事実や国際通貨基金(IMF)の見解なども記されていました。このようなファンドと国家の闘いの存在に興奮し、非常に面白いテーマと感じたことが、『国家とハイエナ』を執筆するに至ったきっかけです。
(ⅱ)ハイエナ・ファンド×債務国×国際NGOの三つ巴の戦い
ハイエナ・ファンドを問題視する声がある一方で、債務国側にも問題は多く、国が借りた金の一部を大統領が懐に入れているとか、返済することも考えずに借りたいだけ借りて最後にツケを債権国に回すといった問題があります。
非常に面白いのは、国際NGOがこういったハイエナ・ファンドの活動阻止に向けて、各国で立法化に取り組んでいるということ。日本ではほとんど注目されていませんが、国際金融市場では、ハイエナ・ファンドと腐敗国家と国際NGOの三つ巴の戦いが繰り広げられてきたという事実を知り、非常に面白いと思いました。
◆リアリティーにこだわる
(ⅰ)実在する人物をモデルに
『国家とハイエナ』の登場人物は、実在する人物をモデルに描いています。
—サミュエル・ジェイコブス
主人公のサミュエル・ジェイコブスのモデルは、あるアメリカの訴訟型ヘッジファンドのCEOです。ニューヨーク生まれのユダヤ人でハーバードのロースクールを卒業後、Donaldson, Lufkin & Jenrette(DLJ)という準大手の投資銀行の不動産部門の社内弁護士として勤務。その後、30歳代前半でヘッジファンドを創業した人物です。アメリカの共和党に対する大口の献金者でもあり、ジョージ・W・ブッシュやルドルフ・ジュリアーニ、ミット・ロムニーなどを支援してきたことでも有名です。彼のヘッジファンドは日本でも不良債権や不動産に投資しています。
また、息子がゲイで同性婚推進運動をしている人物でもあります。ただしジェイコブスには他のハイエナ・ファンドのマネージャーの要素も入れて、典型的な業界人物像にしてあります。
—デヴィ・アストラック—
『国家とハイエナ』で登場するハイエナ・ファンドに対抗する女性弁護士、デヴィ・アストラックのモデルは、デヴィ・ソークンというイギリス連邦加盟のモーリシャス共和国のインド系女性弁護士です。英連邦事務局と共催で対ヘッジファンドの勉強会を開き、債務国を行脚して、ハイエナ・ファンドへの対処方法を伝授しています。—沢木容子—
本編で登場する沢木容子は、日本人のNGO活動家北沢洋子さんをモデルにしています。長年債務国救済運動をされて、惜しくも2015年に亡くなられましたが、生前に直接お話を聞くことができました。彼女はイギリスのジュビリー・デット・キャンペーンやアメリカのジュビリー・デット・USAなど各国のNGOと連携して、途上国の債務削減運動を継続的にやっていました。彼らの主張は、債務国が債務を返済できないのは、債務国の独裁者の汚職や融資に関与した全当事者(貸し手、サプライヤー、借り手など)に問題があり、国民の救済のためにそれらを減免すべきだということ。こうした問題を解決するために長年活動し、各国で立法化に取り組み、実現した人です。本編では、直接北沢さんにお聞きした故小渕総理とのやり取りなどのエピソードを盛り込んでいます。
(ⅱ)現地に足を運ぶ
作品の中には、ペルー、ザンビア、コンゴ共和国、リべリア、ギリシャ、アルゼンチンの6カ国のケースが登場します。執筆中、実際に行ける場所には極力足を運びました。
例えば、コンゴの話の中に出てくる原油タンカーを差し押さえるシーンでは、空売り屋がマダガスカルの沖合に行き、モザンビーク海峡を航行しているタンカーを見つけます。そのシーンを執筆するために、マダガスカルに行き、4WD車をチャーターして国を縦断して取材をしてきました。
世界最貧国のひとつマダガスカル西部の港町ムンダヴァにある、片道約20円の渡し船の写真です。この渡し船も本編に登場します。
また、ムンダヴァの近くにバオバブを見る名所があり、夕日がバオバブの間に沈んでいく情景も取材し、写真にも収めてきました。
その他、本作品の中に出てくるセビリア、カプリ島、ポリニャーノ・ア・マーレ(南イタリア)、アントワープなどにも行き、取材しました。
(ⅲ)足りない情報はあらゆる手段を使って入手する
イギリス議会の議事録はインターネットで過去の分を読み、反ハイエナ法案立法化当時の審議の様子も動画サイトで確認しました。実際にイギリス議会へ取材にも行っています。また裁判の傍聴にも行きました。ザンビア対ハイエナ・ファンドの判決文は文で139ページあり、繰り返し読みました。判決文を読めば、誰がいつ何をしたかという事実や、債権譲渡やリスケジューリング契約の内容も知ることができます。
また、現地にどうしてもいけない場合は、あらゆる伝手を辿り、情報収集をします。
南米は時間の関係で取材に行けなかったので、三和銀行時代の国際審査部の審査役の方で、現地に駐在していた人に話を聞きました。また、コンゴ共和国は外務省に問い合わせたところ、取材には危険があるとのことで、商社のエネルギー関係でコンゴに仕事で行っていた方に話を聞きました。いかに人脈を活用し、良い情報収集ができるかが、作品作りにおいて重要です。
さらに、ハイエナ・ファンドや、アルゼンチンの動向についてはグーグルのアラート機能で毎日ニュースが入ってくるようにしていました。アルゼンチンの話に関しては、実際の国家とハイエナ・ファンドの攻防と執筆とが同時進行していたので、書きながら物語が進行していく醍醐味を味わいました。
【おわりに】
「これから新しいことがどんどん出てくる。新しいことをやらなくては、人間は終わり。
だから、あなたも物怖じせず、新しいことにどんどんチャレンジしてください」——
銀行員時代に勤務した日本橋支店の副支店長に言われ、今も心に残っている言葉です。
それが私の生き方や作品づくりの基礎になっています。
これからも新しいことにチャレンジしつつ、いろいろな国を見て旅を続けながら、小説を書いていきたいと思います。
関連書籍
国家とハイエナ
黒木亮幻冬舎
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「巨大投資銀行」「エネルギー」「排出権商人」「トリプルA」の著者黒木亮氏。「ビジネスにおいても作家業においても、情報収集が成功の鍵。本質は同じ」と語る黒木氏が、国際金融マン時代から30年間にわたり実践してきた情報収集、整理、執筆のノウハウを紹介します。
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