ひと皿にまつわる「食」の旅
食卓を彩る6冊の本
なんとも早くも、過ごしているのは9月の日々。まだまだ暑さも残っていますが、ふと気が付けば、お腹の方から音が鳴ってはいませんか? 口に運んだときのうれしい出会い、噛むほどに広がる味わい。盛り付けられたときの胸の高鳴り、そして芳醇な香り。秋分を迎える月でもあるためか、食について想いを巡らすことも徐々に増え──。
けれど、そこに映る「食」はあくまで料理されたときの姿。煮たり焼いたりする前に、その「食」たちが、どのように私たちと関係しているのか、どのように私たちを生かしてるのかを見つけてみると、味わいがより深くなるかもしれません。
今回は「レシピ本ではない食本」で、「食」の世界をのぞいてみましょう。
野生のごちそう
手つかずの食材を探す旅 目の前に出されたお皿に乗っている食べものにも、「野生」というものが溶け込んでいることを意識されたことはありますか?
無添加やオーガニックの食材に限らず、全ての料理には太古からの人々の営み──狩猟や採集、祝宴や儀式、あるいは産業の発展という歴史の流れが入り込んでいるのです。
私たちの「現代」があるのは、他でもなく「野生」の食べものが重宝されてきたからと言っても言い過ぎではないでしょう。
一見、珍しくない食レポ的紀行文と思いきや、人間と生きものとの間で脈々と継がれる深い関係が、毎日の食事に潜んでいることを教えてくれる刺激的な思索集です。
──ひと皿の料理には空間と時間、経済と〈大自然〉が溶け込んでいて、それを食べた私たちは歴史という時間模様と否応なく結びつく。(P.351より)
食卓を変えた植物学者
世界くだものハンティングの旅 オレンジやバナナ、アボカドやマンゴー。よく目にし、手に取り、口にする果物たち。なぜ、普通に「今ここ」にあるのでしょうか? ルーツはどこなのでしょうか?
本書は、その問いに深く関わる、ある植物学者に迫る伝記。おそらく彼の存在や激動の時代における功績がなければ、私たちの食卓の色合いや香りも全く違うものになっていたことでしょう。
ひとりの探求者の足跡を知ることが、何気なく手に取る果物にも「遠くのふるさとの味」を感じるきっかけとなる一冊です。
人と食材と東北と
つくると食べるをつなぐ物語 「世なおしは、食なおし。」
本書で掲げられたこの言葉の真意を知ると、スーパーに並ぶ食べものの見方が、きっと変わることでしょう。
その地ならではの自然によって生まれ落ち、生産者たちによる情と想いで育てられ、ようやく家庭へと並ぶ過程。ここには、苦労や幸福も経た紆余曲折の生きかたをしてきたひとの声、一刻ごとに変化する風土の気色、そしてそれら互いが共栄するという想いが確かにあり、食べものと生きるということを考えさせてくれる一冊です。
生きることは食べること、食べることはつくること、つくることは体を動かすこと、体を動かすことは生きること。この命のサイクルが、西和賀では今もくるくる回っている。
── 「命のサイクルを象徴するわらび」P.17より
魚屋は真夜中に刺身を引き始める
鮮魚ビジネス革新の舞台裏 水産大国と謳われた国、日本。しかし、それも今や昔。「魚食国」という認識は、実はすでに誤りだったのです。
そのような現実を厳しくも直視するところから、奔走しているのが本書の著者、織茂信尋氏。生鮮魚介類の販売業を行う「東信水産」の若き現代表取締役でもあります。
食文化や環境問題への意識の変容や、魚屋で働く「ひと」のあり方、あるいは現場へのITの大胆な導入による仕事の簡明化。
本書には、そうした氏の冷静かつ合理的な経営判断、四代目の魚屋としての矜持や熱情が込められており、スーパーで何となく手に取る魚に潜んだ閉塞した現実と改革を暴きだします。経営をする方にもおすすめの一冊。
理系研究者の「実験メシ」
科学の力で解決! 食にまつわる疑問 普段、何気なく口にする食べものや、飲みもの。日常的な食の成り立ちや調理のしくみを簡単な実験手法で解剖してゆく、言わば「食の自由研究本」と呼べる本書。
生物学の研究者であり小説家でもある著者自身が、日常で浮かんだふとした疑問──たとえば、太陽光パネルでお米を炊けるか、インスタントラーメンはどれくらい伸びきっても食べることができるのか、あるいは自転車を漕ぐことでバターを作れるのではないかという疑問を、極めて真剣な科学的知見とくすっとさせられるユーモアで明かしてゆきます。
WASHOKU
Japanese Traditional Food and Food Culture 最後はちょっと変わり種の一冊を。タイトルは『WASHOKU』。そう、和食です。
寿司や牛丼、ラーメンといった世界的にも馴染み深いものから、湯豆腐やだし巻き卵、ぬか漬けなど伝統ある食べものたち。
本書はそれら和食を、温かみのあるイラストと一緒に日本語と英語の二つの言語で紹介した解説本です。和食を知りたいという英語圏の方へどう説明したらよいか、もしくはご自身の英語学習で、という実用的な読みかたができます。
しかし、丁寧で緻密な説明をされているため、そもそもこの料理はどういう成り立ちだったのかということを知ることもできるのです。かわいらしいポケットサイズと裏腹に、ギュッと和食の知が詰まったさまは「和食の小事典」とも形容できそうです。
今あらためて和食を知りたい方は、作る前にこの一冊を手にするのもよいのかも知れません。
食を知るには読むことよりも作り、食べる。知識よりも、味覚と経験。確かに一理あるかしれません。そのような声もまた真実とおもいます。けれど「食」のあらゆる面を知り蓄えたうえで、もう一度目の前のひと皿に向き合ってみると、味わいが実に広がり深くなっていることに驚かれるのではないでしょうか。
「食」の層を厚くするひとつのきっかけとして。あるいは「食養」ならぬ「食」の教養を摂る手がかりとして。こちらの本を読んで、新たな味覚を感じてくだされば幸いです。
野生のごちそう—手つかずの食材を探す旅
ラ・サーヴァ、ジーナ・レイ亜紀書房
食卓を変えた植物学者—世界くだものハンティングの旅
ダニエル・ストーン築地書館
人と食材と東北と—つくると食べるをつなぐ物語『東北食べる通信』より
高橋博之オレンジページ
魚屋は真夜中に刺身を引き始める 鮮魚ビジネス革新の舞台裏
織茂信尋ダイヤモンド社
理系研究者の「実験メシ」—科学の力で解決!食にまつわる疑問
松尾佑一光文社
WASHOKU
松本美江ナツメ社
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