新しい日々を生きていく
ときに励まし励まされ
いつの間にか、陽が長くなり、コートを脱げる季節になりました。
あたりを歩けば、色のついた花々や嬉しそうに飛び交う鳥たちの姿が目に入ります。季節は私たちの歩む日々と一緒になって、たしかに巡っているのです。
出会いがあれば別れもある──。それが人にとっての「巡り」でもあります。そして、「巡り」にはかならず新しい始まりがあるのです。喜ばしいことや迷いごと。それらを抱えながらも、始まりの扉を開くとき。それはきっと、春をくぐるとき。
今回は、この時期に新しい始まりを迎えるかた、励みになる声があったらいいなというかたへ向けた六冊の本をご紹介いたします。
このみちをゆこうよ 金子みすゞ童謡集
本書は、「このみち」という一篇を軸に編まれた詩集です。
その一篇は、見えない世界に向かう私たち──「ひとりぼっちの榎(えのき)」や「さびしそうなかかし」も一緒になった私たちに、未知なる世界へ踏み出す勇気を与えてくれる作品です。
ほかにも「四月」のような希望を感じる詩や「月のひかり」のような影でそっと見つめる優しさを感じる詩などが収録されています。
詩は決してむずかしいものではありませんし、構える必要もございません。金子みすゞの詩のもつ自然なリズムとあゆみを共にし、新しいはじまりへ、あせらずゆっくりゆきましょう。
「このみちをゆこうよ。」──「このみち」本書149頁より。
365日のしあわせ
本書は、制作過程でSNS上で読者のかたがたから、日常のつつましやかな喜びを365日分集め、やさしくチャーミングな絵柄のイラストで彩った「日々の宝もの」のような本です。
「お天気の良い日曜日の午前中」や「子どものおしり」。「あつあつのパスタが目の前に出される瞬間」や「今日がいい1日になりそうな予感」など。「ああ、分かるなぁ」と思わずつぶやいてしまいそうな数々。
新しいはじまりを迎える日も、これから過ごす日々の一日です。その日が近づくときの気持ち、その日を越えた先の日も、ささやかな喜びがいつだって助けてくれるはずです。
100歳ランナーの物語
けれど、自分がしたいという一心をないがしろにしてしまって、悔やむこと、あるいはこんなに出来たんだという自信を得る機会を逸してしまうことも多くあるのが人生です。
本書は、ファウジャ・シンという実在のマラソンランナーの挑戦し続ける人生を描いた絵本です。小さい頃から「あなたには無理だ」という声を聞かされ続けたファウジャ。ふつうだと、挫けてしまいそうな状況が続きます。が、ファウジャは違いました。
「でも、そんな声には耳をかさず、ファウジャは挑戦すると決めました。」
事あるごとに響くこの言葉。歩くのは無理だ、高齢で移住するのは無理だ、そして100歳でフルマラソンを完走するのは無理だという声を耳にする度に響くリフレイン。
やり遂げたのには、単純だけれど揺れやすい、強く持ち続けるのに難しいこのことが支えとなっていました。それは、自信です。自分を信じることなのです。こころもとのないことに巡り合ってしまったかたは、ぜひ読んでみて下さいね。きっと励まされるはずです。それは、ファウジャの母が彼を励ましたように。
「あなたのことはあなたがよく知っている。あなたにできることもね。今日は自分の力を出しきれるかしら?」──本書中、ファウジャの母による言葉より。
私は私に時間をあげることにした
そのような経験はありませんか? それも、今なお。
けれど、それはきっとはじまりの日を思い詰めたゆえなのではないでしょうか。はじまりの日は確かに記念日として位置しますし、きっかけとして大切な日かもしれませんが、一方でいつもの日々のとある一日とも言えましょう。何か──仕事や人間関係、趣味などは、果てのないときがあってこそ「はじまり」があるはずなのです。
本書はそのような不安を払拭してくれる、かわいくて親しみのあるイラストと無理のない温かい文で構成されたエッセイ集です。決して、特別な日をないがしろに、ということでなく大切だと信じた節目に転んでしまっても、また歩き出せばいい、と励ましてくれる一冊。
「立ち止まらなければ、いつかは成し遂げられると知っているから」──本書148頁より。
最初に夜を手ばなした
もちろん、どちらも然るべき姿勢でしょう。望みが絶たれてしまったと思い込んだときに、無理に立ちあがろうとするほど皆が皆、逞しいわけではありませんし、かと言って人生には限りがありますから「新しいはじまり」を切ろうとすることも大切なことです。
本書は、先天的に耳が聞こえず、次第に光も失ってゆく目の病気「網膜色素変性症」(アッシャー症候群)を患っている著者により書かれました。
自身の体験──まず最初に夜を手放し(夜盲症)、昼も失くし(光覚障害)、視野の狭窄により動くものも判断しづらくなってゆくようすを、心象と照らすようなイラストと共に綴っています。柔かい文の運びが、むしろそのようすを一層浮き上がらせて切迫してくるのですが、「わたしの物語はまだ始まったばかり。」との言葉で閉じます。
そう、著者はやりたいことのために、身体的困難──そしてそれによって精神的困難も抱えそうですが、工夫を重ねて常に道を切り拓こうとしているのです。
本書に込められた言葉や想い。きっと「新しいはじまり」を切るかたに勇気を授けてくれることでしょう。
「みなさん、「今」を後回しにしていませんか?」──あとがきより
それでも人生にイエスと言う
仕事や人間関係、ひいては人生というものに対して、経験や想像をすることで身構えてしまい、過程のさなかに身を置く前段階なのに引いてしまう、あるいは気を抜いて機械的になってしまうこと。また、そこに理想を見出していたからこそ全てを放てきしてしまうこと。そのような状況に葛藤する方へのひとつのヒントとなる一冊がこちらです。
著者は『夜と霧』を書いた精神科医フランクル。ナチスの強制収容所を通じた想像を絶するような経験をしたことから紡がれた言葉と思想は、こんにちでも広く浸透しています。
本書は、氏がウィーンの大学にて行った講演をテキストにしたもので、哲学的な事象をテーマに扱っているため抽象的な表現が少なくないのですが、目の前のかたに語りかける言葉でまとまっており、自然と読むことができるでしょう。
人生では、ひとによってあらゆる状況に直面しますが、多くの患者や収容所のひととの対話で著者が導きだしたことは「私は人生にまだなにかを期待できるか」ということではなく、「人生は私になにを期待しているか」ということでした。
今から行うことが、どのような結果になるのかは私が全てを知ることは出来ないのです。それは「ひとりひとりの人生が一回きりだということだけでは」なく、「一瞬一瞬が一回きりだということも、人生におそろしくもすばらしい責任の重みを負わせている」ためです。(括弧内、本書P.50より)
人は瞬間ごとに次の瞬間に対して責任が生じる。どんな望みが断たれたような状況でも、小さいことでも行う。その行いが次へつながる。つまり、常に今がはじまりなのです。常に望みの明かりは点いているのです。どんなに小さくても、それは次の私をすくうかもしれないはじまりなのです。
けれど、だれかの励まし──それは「今ここ」だけでなく、ときや場所を越えただれかによる励ましが支えになることも、確かにあることです。
こちらでご紹介した詩や絵本、エッセイや思索を巡る言葉たちが、わずかでもその支えになれたのなら、さいわいです。
この春から新しい日々を生きていく、すべての皆さまへ。
このみちをゆこうよ
金子みすゞJULA出版局
365日のしあわせ
ディスカヴァ−・クリエイティブディスカヴァ−・トゥエンティワン
100歳ランナーの物語 夢をあきらめなかったファウジャ
シムラン・ジート・シング西村書店(新潟)
私は私に時間をあげることにした
レディーダックSBクリエイティブ
最初に夜を手ばなした
椿冬華マガジンハウス
それでも人生にイエスと言う
フランクル・V・E【著】,山田邦男,松田美佳【訳】(フランクル・V・E,ヤマダクニオ,マツダミカ)春秋社
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