六本木ヒルズライブラリー

【東大EMP×アカデミーヒルズライブラリー】
経済史は、未来をいかに見透すか?—哲学との対話 (19:15~20:45)

【スピーカー】小野塚 知二(東京大学経済学研究科 教授)
       梶谷 真司(東京大学総合文化研究科 教授)

ライブラリーイベント

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【会場】アカデミーヒルズ(六本木ヒルズ森タワー49階)

日時

2018年02月20日 (火)  19:15~20:45
終了しています

内容

 
人類の文明を持続する人間的な条件と自然的な条件は何か?

これは、現在の人類全体に突き付けられた問いです。
現生人類は約十万年前に登場してから、人口は数千倍に増加し、経済規模はおそらく一万倍以上に拡大しています。人類は停滞や衰退・滅亡も経験しながら、それでも着実に経済成長をしてきたのです。世界の各地に農耕牧畜が定着した時期(西暦前4000年~西暦200年)、近世の欲望解放の時期(ルネサンス、宗教改革、「地理上の発見」)の時期は、特に高い成長率を示していますが、産業革命以降の二百年間の世界経済は、それらをはるかに凌駕して爆発的に成長し、人口もまた爆発的に増加しました。

人類の経済成長を根底で支えてきた動因は何でしょうか。ここでは、ヒトとは際限のない欲望をもつ特殊な動物であると仮定してみましょう。その際限のない欲望を充足するために、人類は何をしてきたのか。また際限のない欲望によって文明が崩壊しないために、人類は欲望にいかなる規制をはたらかせてきたのか。欲望充足の過程の、つまり経済の過去を知ることは、現在のわたしたちに、多くの考えるべきことがらに行き当たらせてくれるでしょう。

経済を無際限に成長させないために、富を非生産的に用いる前近代社会の規範、宗教、技、そして身分制・共同体などの社会制度は、どのようにして、人類の美的価値と文化を担ってきたのでしょうか。停滞的ではあったが、持続可能であった前近代社会のつつましく、ささやかな経済成長 — 何千年もかけて狩猟採集経済から農耕牧畜へ移行するための準備作業(開拓・灌漑、品種改良、家畜化、疫病への対処等々)を倦むことなく追求してきた原始時代・古代の人びとの生(life)の喜びと労苦と夢 — を、追体験することは不可能だとしても、そうした社会を想像してみることは、わたしたちに多くの知恵をもたらすでしょう。わたしたちが現在知っている哲学的な思考の原型はほとんどがこの時代に起源をもちます。なぜ、この時代に哲学が発生したのでしょうか。

近世(およそ15世紀から18世紀までの四百年間)の、活力溢れる経済活動・文化活動と、矛盾に満ちた規範・思想・宗教が、そのあとに、どのようにして経済成長を運命付けられた資本主義・市場経済をもたらしたのかを知ることも、たいへんスリリングな知的冒険です。『ヴェニスの商人』『水戸黄門漫遊録』あるいは『鶴の恩返し』は、その時代のどのような思いを物語っているのでしょうか。またわたしたちは、なぜ、それらの物語にいまも惹かれるのでしょうか。市場経済の形式合理性と生活・生存・人生(life)の実質合理性の相剋という問題はいまも、完全には解決されないままに残されています。近世の宗教と思想の活き活きとした変化が何に衝き動かされた結果なのか、思いを馳せてみましょう。

そして、近代の爆発的な成長は何によって可能となったのでしょうか。機械や工場制に代表されるような技術・生産力的な革新だけに目を奪われては、産業革命がもたらした画期的な変化を見失うことになるでしょう。近代(≒「長い19世紀」)と現代(≒20世紀)の産業文明と農業生産力が何によって支えられてきたのかを知るなら、その基盤の脆弱さに言葉を失うでしょう。

しかも、いま現代社会は否応なく終焉を迫られています。それは、際限のない欲望を充足し続けてきた経済成長の人間的な条件と、自然的な条件の双方に限界が見えてきたことに起因しています。では、わたしたちに残された将来は、もはや衰退と滅びを待つだけなのでしょうか。二百年前に古典派経済学を集大成したリカードやJ.S.ミルは物的な経済成長を停止した「定常状態」の必然性に思い到っていましたが、その後の経済学も、政策・経営戦略・運動方針もそのことを忘れて先に進んでしまいました。百五十年前に新古典派経済学への転換に道を拓いたジェヴォンズは、石炭に依存した産業文明の持続可能性に警鐘を鳴らしましたが、石油や天然ガスなど諸種の化石燃料の発見・実用化によって、わたしたちは、いまも化石燃料(過去の自然)に依存した農業、土木建築資材、交通、そしてエネルギーの中で、いかに成長を続けるかを考え、また、成長の原動力である欲望を抱き続ける人間の維持に心を砕いています。

際限のない欲望と、それに対応した経済成長は、いったいどこまで持続可能なのでしょうか。地球が物的に閉鎖系であり(それゆえ化石燃料を用い続けるなら温暖化などの環境問題を免れない)、化石燃料は有限であるという条件を設定した場合に、次代をいかに構想することができるのかは、経済学にも、歴史学にも、哲学にも、そしてその他すべての科学の諸分野に重い問いを投げ掛けています。「吾が亡き後に洪水は来たれ」と現在の繁栄だけを追求するのか、それとも将来世代に持続可能な文明を継承するのか、わたしたちに残されている選択肢はそのどちらかしかありません。

近現代社会が産み出した知の産物である経済史学が、近現代社会をどのように相対化し、また次代を構想するための手掛かりを提供できるのか、哲学との対話を通して、無謀ではありますが、ささやかな試みに乗り出します。
 


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小野塚 知二(おのづか ともじ)
東京大学経済学研究科 教授・経済学図書館長



東京大学社会科学研究所助手、横浜市立大学商学部専任講師、同大学商学部助教授、東京大学大学院経済学研究科助教授を経て2001年から現職。政治経済学・経済史学会理事・編集委員、社会経済史学会常任理事・情報化委員長、社会政策学会査読専門委員。

主な研究テーマは、近現代イギリス社会経済史とイギリス労務管理史・労使関係史で、その他に、機械産業史、音楽社会史、食文化史、兵器産業・武器移転史、ヨーロッパ統合史などの諸分野でも活躍している。
 

梶谷 真司(かじたに しんじ)
東京大学大学院総合文化研究所 教授



帝京大学文学部・外国語学部助教授、東京大学大学院総合文化研究所 准教授を経て、2015年より現職。
専門分野は、哲学(特に現象学)、比較文化、医学史(特に日本の江戸から明治にかけて)。現象学—特にハイデガー、およびヘルマン・シュミッツの〈新しい現象学〉—の立場から、世界における人間のあり方について、身体、感情、共同性、民俗、宗教などとの連関における研究を続ける。


参考図書

経済史

経済史

小野塚知二
有斐閣