六本木ヒルズライブラリー

ライブラリアンの書評    2016年6月

毎日続々と新刊書籍を入荷するライブラリー。その数は月に200~300冊。
その書籍を司るライブラリアンが、「まさに今」気になる本は何?

わたしたちは物語の中を生きている

『小説王』早見 和真【著】


人工知能やロボットが身近になるであろう社会の到来が予感されています。
関連書籍も多く見られるようになってきました。
そこで問われるのは、逆に「人間とはなにか?」という問いです。

たとえば事故で腕を失ってしまった人が、高性能の義手を身につける。人間同様の動きをする義手が身体の一部となった人は、果たして「人間」なのか「機械」なのか。
あるいは事故で身体が不全になり、脳だけは機能する人が、ロボットに脳を移植される。その人は果たして「人間」なのか「ロボット」なのか。

そもそも人間自身が人間のことを深く理解しているとはいえない中で、人間を人間たらしめているひとつの要素が「物語」である、という考えがあります。

本書はその「物語」を取り戻そうと、苦しみ、もがき、突き抜けようとします。


人はだれもがなにかしらの物語の中に生きており、人の数だけ物語があります。
日々電車に乗り、職場に通うという物語。
恋人と出会い、別れるという物語。
家族と向き合い、子の成長を見守るという物語。

たとえば物語が無かったら、人は生きてはいけません。
工場で働く人が、目の前の部品をただ組み上げていくだけでは音をあげるでしょう。
宇宙に飛び立つロケットの部品を組み上げているという物語があれば、意欲がわくことでしょう。

今日本にある物語として、2020年の東京オリンピックに向かっていると考えることもできます。今年の夏のリオデジャネイロオリンピックが終われば、次は東京。時代の空気は否応なくそこに向かっていく。
ではその先にはなにが待っているのか。
高度経済成長の時代には、共有感覚としての“成長”という物語がありました。
バブルを経て、失われた時代を経て、今はどのような物語の最中なのか。

小説を取り戻す。物語を取り戻す。
久しぶりに、熱気にあふれた物語に出合いました。


“また物語が必要とされる時代は、たぶん僕たちが思うよりもすぐ近くにまで迫っている。
 だからみんな急いで準備しなくちゃいけないし、焦らなきゃいけないんだ”

(ライブラリアン:結縄 久俊)


小説王

早見和真
小学館