六本木ヒルズライブラリー

ライブラリアンの書評    2021年9月

毎日続々と新刊書籍を入荷するライブラリー。その数は月に200~300冊。
その書籍を司るライブラリアンが、「まさに今」気になる本は何?




 
言葉は伝える手段だけれど、本当に言いたいことを伝えるには「言葉では足りない」と感じることがある。言えば言うほど、本来言いたかったことから離れ、あれ、こんなことを言いたかったのだろうか、と思う。
 
上手な言葉が伝わる言葉とは限らない。拙いながらも身に迫ってくる言葉もある。何気なく読んだ詩が、妙に心に残ることもある。今はメールやLINEでのやりとりが当たり前で、短い言葉や絵文字を駆使して思いを込めるが、果たしてそれは伝わっているのだろうか。
 
“私たちが言葉を読んだり書いたりするのは、そもそも言葉にならないことを分かち合うためだからです。”
 
今は機会が少なくなったが、誰かから手紙をもらったりするとき、実際はその文面に書ききれていないことも読む。本当はもっと伝えたいことはたくさんあって、けれどそこまで書くには至らずに、手紙は終わっているのだが、書き手の筆致や筆圧も含め、言葉の余白を読んでいる。
 
“文字の奥にある隠された意味の領域を、空海は「深秘(じんぴ)」と呼んだ。
生の深みには言葉では捉えきれない何かが潜んでいるというのである。”
 
情報量が増え、飛び交う文字が多すぎるからこそ、もっと沈黙に身を浸し、それでも浮かび上がってくる言葉を大切に掬うようにしたいと、本書にある、丁寧に紡がれた言葉に気付かされる。世界の速度に合わせることも大事だが、翻弄されていては自身を見失う。
 
“詩歌があるところには必ず余白と沈黙がある。むしろ詩歌を書くとは、言葉によって、余白の語りと沈黙の響きを現成させることだといえる。”
 
手を合わせ祈るとき、その祈りの対象は、神様とか、仏様とか、あるいは亡き親族とか、そこで黙って手を合わせるときは、改めて未知なる自分と出会い直している。そんな時間が大事だと、本書に導かれるような心地がする。

(ライブラリアン:結縄 久俊)

沈黙のちから

若松英輔
亜紀書房