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六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第4回
情報過多社会での暮らし方

「空海」から読み解くマインドフルネス:飛鷹全法×石川善樹

更新日 : 2017年02月14日 (火)

後編 一歩前に進むために、あえて“引き算”する



「快適中毒」時代の先にあるもの

石川善樹: 医学には大きく、病気を治す治療医学と、病気にならないことを目指す予防医学があります。僕は後者を勉強しましたが、基本を10年ほど学んだ後、そろそろ自分が本当にやりたい研究をやろうと思い、現在の仕事を始めました。研究者は40歳がひとつの節目と言われており、ノーベル賞受賞者もその対象となった研究を始めたのは40歳前後。つまり、それほど修行しなければ、本当にやりたい研究が見つからないわけです。

飛鷹全法: 第一線で活躍するためには、“山に籠もる”時間が必要になると。

石川善樹: そうですね。病気の場合はウイルス、細菌など、わかりやすい敵がいます。一方、健康の敵は衛生環境や睡眠など色々とありますが、最たるものが「ひま」という漠然としたものです。アメリカのある研究によれば、過去40年間で男性は仕事をする時間が減り、代わりに増えているのが、ぼんやりしている時間。女性は家事の時間が減り、仕事の時間とぼんやりしている時間が増えています。この「ひま」な時間の使い方が、現代人の健康を考える上でとても重要になっています。

飛鷹全法: 空海さんの時代は、情報をインプットすることと、自己を見つめ直す瞑想がワンセットになることで、はじめて真理の体得がコンプリートされる、といった考えがありました。テクノロジーが発達し、情報過多の時代になったからこそ、あらためて「ひま」の使い方、あるいは、自己を見つめ直すプロセスに注目が集まるようになったのかもしれませんね。

石川善樹: たしかにそう思います。現代はひまが増えたと言いましたが、一方で「不快」はなくなりつつあります。すると、あとは「快適」をつくり続けるしかない。ドイツの哲学者・ヘーゲルは「イギリス人が快適さと呼ぶものは、際限がないものである」と語っています。たしかに、人間は一度でも快適さや便利さを知ってしまうと、それから離れられなくなりますよね。

ヘーゲルは「さらなる快適さを求める欲求は、内面から湧いてくるのではなく、そこから利益を得ようとする者たちによってつくられる」とも語っています。私たちの社会は1990年代から本格的な「快適中毒」の時代に突入し、いまや肉体的な不快はほぼなくなり、メンタルやコミュニケーション、「ひま」にまつわる不快が注目されるようになっています。現代のテクノロジーやビジネスも、「ひま」を快適に変えることに腐心していますが、そればかりに傾倒するのもどうかと思います。

飛鷹全法: 進化論でも、「適者生存」ってことが言われますね。外的環境の変化に適応できた種が生き残る、というのは、逆に言えば、ある環境に最適化し過ぎることはリスクである、とも言えますね。常にテクノロジーがより良い環境を用意してくれ、それに適応するだけの生活を送っていれば、変化に適応する能力はどんどん失われていきます。

石川善樹: 快適になりすぎると不快への耐性が低下し、些細なことにもイラッとしてしまいます。不快に対して過敏になったから、マインドフルネスが注目されるようになった、とも言えそうですね。

飛鷹全法: さらに言えば、不快が減っているとしても、満足感や幸福感を覚える回数が増えているわけではない。これ以上、快適さを“足し算”しても何も起こらないとすれば、今後は「どう引き算していくか」を工夫していかない限り、私たちは本当の満足感や幸福感を得られないのかもしれませんね。そのあたりも、マインドフルネスが注目される理由と関係しているのでしょう。
 
還源を思いとす

石川善樹: 僕の友人に石田淡朗くんという役者がいます。能楽師の息子として生まれ、幼い頃から舞台に立っていましたが、現代演劇に興味を持ち、15歳でイギリスの名門音楽演劇学校に入り、現在は欧米で広く活躍しています。彼が入った演劇学校の1年目は、「自分とは何か?」について徹底的に考えるそうです。自分を知らなければ、役を演じる時に感情や思考が「自分」に持っていかれてしまうからだとか。自分とは何か、もしくは空っぽの自分を知っているからこそ、イギリスの役者は様々な役柄の人生を見事に演じることができるのでしょう。

飛鷹全法: さすがシェイクスピアの国ですね。実は、空海さんも自分の原点を知ることについて、次のような詩を残しています。

弟子空海
性熏我を勧めて
還源を思いとす
経路未だ知らず
岐に臨んで幾たびか泣く
精誠感ありて
此の秘門を得たり
文に臨んで心昏く
赤県を尋ねんことを願う


仏の境地に達すべく懸命に修行を積んできたが、進むべき道がわからず、岐路にたたずんでは何度も涙を流した。そのたびに「還源(げんげん)を思いとす」、自分の原点とともに仏が示す真理を徹底的に考え抜いたことで、大日経(秘門)にたどり着いた。しかし、それを読んだだけではまだわからないから、中国(赤県)に渡って勉強したい、と書いています。

空海さんほどの人物でも、情報の“足し算”ばかりではどうにも前に進めなくなり、何度も涙を流した。そうした時に、還源というプロセスを通じて何からの「気づき」を得て、次の一歩を踏み出すことができたわけです。

「悟り」とは、心身すべてで体感する「気づき」だと、私は考えています。私たちは日々、情報の“足し算”にさらされており、いまはそれが飽和状態になりつつあります。しかし、世の中には情報だけでは理解できないことはたくさんあります。そうしたものに気づくことができれば、視点や発想が一気に広がり、自分を取り巻く様々な問題にも実存的にコミットできるようになると思います。

高野山が内包するダイバーシティ


飛鷹全法: 高野山の奥之院には数十万ものお墓があって、教科書に出てくるような戦国武将のお墓はほぼ全てあると言っていいと思います。武田信玄から石田三成、明智光秀、徳川家や豊臣家。しかも高野山を焼き討ちしようとした織田信長の墓もあるんですね。

おそらくこの高野山の全てを受け入れる、というあり方は、真言密教の思考方法と深く関わっていると思います。この世のあらゆるものは大日如来という根源から始まり、すべてに仏の命があると考えるため、異質な者同士が、異質なまま、それぞれの個性を維持しつつ、より高いレベルで調和する。それが1,200年続いてきた高野山のあり方なのだと思います。最近は海外の方もたくさん来られますが、皆さん一様に「高野山はとてもPeacefulだ」とおっしゃいます。

石川善樹: 懐が深いというか、ダイバーシティの宝庫というか。

飛鷹全法: 本来、ここではよそ者であるはずの自身を受け入れてくれていると感じるのではないでしょうか。さらに言えば、高野山では仏さまと神さまも共存しているんですよ。高野山には壇上伽藍の一番奥に「御社」という神社がありますが、これは空海さんが高野山を開く際、土地の神さまだった丹生都比売大神(丹生明神)、狩場明神(高野明神)を勧請し、高野山の地主神として祀ったものです。ですから、私たち高野山のお坊さんは、仏さまと同じくらい大切に神さまも拝んでいるんですね。

日本の方はもちろん、海外から来られる方々にも、高野山が1,200年培ってきたダイバーシティを伝えることはできないか。私はいま、そう考えています。また、ビジネスパーソンの方々にはぜひ、高野山での「後夜」体験を通じて、明日へのヒントを得ていただきたいですね。

石川善樹: 今日は素晴らしいお話をありがとうございました。

飛鷹全法: こちらこそ、勉強になりました。(了)


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六本木アートカレッジ これからのライフスタイルを考える 「情報過多社会での暮らし方」
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飛鷹全法(高野山高祖院住職 )× 石川善樹(予防医学研究科)
日々膨大な情報が流れ、全て自らの取捨選択に委ねられる中、情報の多さに疲弊している方も少なくないでしょう。ストレス軽減やパフォーマンス向上を期待できる手法として「マインドフルネス」が注目されています。仏教の瞑想が元となったこのメソッドは、現在社会に生きる私たちにどのような効果をもたらすのでしょうか?


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