オピニオン・記事

六本木アートカレッジ・セミナー
シリーズ「これからのライフスタイルを考える」第4回
身体の拡張:能楽師・安田登×為末大

能で読み解く、日本人の「こころ」と「からだ」

更新日 : 2017年01月17日 (火)

第4章 動き、意識、言葉の深い関係



寒天質の闇を破れ!

為末大: スポーツには「ゾーン」「フロー」と呼ばれる状態があります。傍目にはぼんやりしているように見えても、本人の集中力は極限まで高まり、最高のプレーができる状態です。そうしたとき、周りから「集中しろ!」と言われると、突如として「私」を意識するようになり、無我夢中が消え去ってしまう。

僕が子どもを指導するとき、最初の頃は「膝の角度は160度ぐらい」などとパーツごとに具体的な指示を出していました。ところが、子どもたちの動きがぎこちなくなり、みんな転んでしまった。それを見て、説明が具体的すぎると、人は「部分」に意識が向いて混乱してしまうのだと気づきました。

「ハードルの上に襖があるから、バーンッと蹴破ってみよう!」などと言うと、自然な動きになり、うまく飛べるようになりました。最近はスポーツの指導でも、オノマトペのような表現が大切だと言われています。能の指導では、どのようにされていますか?

安田登: まさにそれ(笑)。わけのわからないことを言われます。若い頃、手を前に出す稽古をしていたとき、師匠からは「寒天質の闇を破るように」と言われました。たしかに、動きを理解する上では比喩やオノマトペ的な表現のほうが役に立ちます。

為末大: 寒天質の闇とは、なかなか詩的な表現ですね(笑)。

安田登: ほんと、詩です。身体をパーツごとに分けるといった「微分」的な説明が必要なときもあります。ハムストリングをどうのこうのとか、大腿四頭筋をどうしろとかいう解剖学的な散文的説明です。でも、身体の動きというのは、それらを統合した「積分」的な指示のほうが有効なことが多いと思います。これは韻文、「詩」になります。ブルース・リーのような(笑)。

でも、言葉には強力な暗示能力もある。1つの言葉が自分に定着した瞬間、感情や思考、行動が縛られてしまうというか。それが言葉の怖さだと思います。「体が固い」と思っている子どもたちには、そこを取るところから始めると、途端に柔らかくなります。
 
テクノロジーと身体の役割

為末大: 直近100年だけでも日本人の身体は大きく変化していますが、この先もさらに変化していくと仮定した場合、「今後はこれが大切になる」というものはありますか?

安田登: 難しい質問ですが、たとえば、人間は身体全体を使って学んだことが脳に入り、それが全身にフィードバックされることで学びが定着していきます。コンピュータがいまだ人間のようになれないのは、この点が伴っていないからでしょう。しかし今後、コンピュータが身体性を獲得するようになって、人間と区別のつかない人型ロボットが登場すれば、AIは今とは次元の違うものになり、人間との差がほとんどなくなるかもしれません。また、これとは逆に、人間の身体の多くの部分も「代替身体」に変わって、人間とアンドロイドとの差も少なくなるかもしれません。そうなったとき、それでも残る“人間らしい”身体性とは何なのか? それはおそらく、モノとしての身体ではなく、コトとしての身体に関することだと思います。650年前の能と今の能が、外見は違っても同じ能であるように。

為末大: 人間はまさに、身体的な現れとして「鳥肌が立つ」。それがAIに理解できるのか? 肌ざわり、気持ちよさといったものも、五感や身体の動きが伴わなければ理解できませんし、それらがあるからこそ、創り出せたものがたくさんある。

安田登: 人間の身体には「弱い」という大きな欠点があります。しかし、弱い身体だからこそ、先人は火や道具など、それを補うための方法、身体性を最大限に活かす方法を一生懸命考え続け、私たちは今、その恩恵に与っているわけです。その「弱さ」から生み出された最大の産物が「心」です。だからこそ「弱さ」、フラジャイルな身体性というのは、これからもとても大事だと思うのです。

為末大: たしかに最近は、介護分野で活躍するロボットスーツ、障がい者の可能性を高める義手や義足など、身体を拡張するプロダクトも開発されています。さらに今後、AIにできることが増えていくほど、それに比例して、ますます身体が果たす役割が重要視されるようになると思います。

人間の動きの多くは、無意識の領域で選択・実行されており、相当に複雑な作業をいとも簡単に、素早く実行できます。一方で、様々なことが便利になり、効率化された現代だからこそ、失われてしまった身体性もあるはずです。そう考えれば、僕たちが取り戻すべき身体性、あるいは、まだまだ磨ける身体性は多分にあるとも言えます。
 


安田登: そういえば先日、小学生たちに「心はどこにあると思う?」とたずねたら、多くの子どもが頭を指しました。大人の感覚では胸のあたりを指しますでしょ? とはいえ、科学が発達した今は、頭に心があると言われれば、そのような気もしますね。

アッカド語など古代の言葉を見ると、女性の心は子宮と同源の言葉で、古代中国の金文の「心」という文字は男性器の象形に見えます。古代ギリシャの『イリアス』では、お腹や横隔膜が心を意味していました。また、『古事記』では「こころ」の枕詞は「肝向かう」なので、こころは内臓の中にあると思われていましたし、江戸時代も心はお腹にあると考えていたので、心にやましいことがないことを見せるために腹を切って見せるという切腹という儀式がありました。紀元前から現代に至る中で、「心」は下腹部からお腹、そして胸(心臓)へと上がってきて、現代の子どもは頭にあると答えた。となれば、頭まで上がってしまった心はこの先、どこへ向かうのか? そんな問いも生まれてきますよね。

為末大: それはとても面白いですね。人間の身体性を「言葉」で表現するのは難しいのですが、今回は安田さんがわかりやすく表現してくださったこともあり、とても楽しい時間になりました。

安田登: ひとつ残念だったのは、為末さんの義足づくりのお話が聞けなかったこと。最先端の義足で拡張する身体、とても興味があります。

為末大: 義足についても近いうちにぜひ、安田さんとお話ししたいですね。(了)




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六本木アートカレッジ 伝統を未来へどう伝えるか
六本木アートカレッジ 伝統を未来へどう伝えるか

安田登(能楽師)×為末大(元プロ陸上選手)
ロボットスーツの登場、VR,AR、そして人工知能などのテクノロジーが進化する未来において、人間の身体性はどのように変わっていくのでしょうか。そのとき、我々はどのような生活を送っているのでしょうか。『日本人の身体』著者の安田登氏と、パラリンピアの育成に努める為末大氏による対談セミナー。


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