記事・レポート

建築家・谷尻誠の「誤読」のすすめ

コンペ失敗例に学ぶ、真に勝つための思考術

更新日 : 2013年02月28日 (木)

第2章 空間から「名前」を外したら、スタジアムや寄席が生まれた

谷尻誠(建築家/Suppose design office 代表)

 
「住宅のはじまり」に立ち戻る

谷尻誠: 僕の考え方は、この本に出会って築き上げられたと言っても過言ではありません。『はじめて考えるときのように※1』という本です。普通は「はじめて考える」ということができません。僕も住宅の設計を頼まれると、何となく住宅っぽいものをつくってしまう。リビングがあって、ダイニングがあって、キッチンがあって、子ども部屋があって、寝室があって……というふうに。

たとえば、キッチンのシンクがとても大きければ、それはお風呂になってもいいはずです。洞窟を家にしていた頃を考えてみると、「ここがお風呂」「ここがキッチン」と区別はしていませんでした。こうした「住宅のはじまり」に一度戻りながら、新しいものをつくりたいと思っているのです。「はじめて住宅をつくるとしたら、どうだろう?」とか、「はじめてレストランをつくるとしたら、どうだろう?」とか。それを自分のなかでルールづけています。

空間の可能性に挑む<THINK>

谷尻誠: とは言っても、「どうやって戻るのか」という方法論が必要です。それを考えるなかで、鍵は「名前」にあるのではないかということに気づいたのです。例えば「コップ」という名前があると、ドリンクを飲む道具だと思いますよね。そこで、「コップ」という名前を一度取ってみるのです。すると、その中に金魚を入れたら「水槽」になるし、花を立てると「花瓶」になる。鉛筆を立ててもいいし、ギョウザの皮を丸く切り抜く道具にしてもいいはずですよね。一度名前を外して、そこにある「行為」に目を向ければ、実は新しいものがつくれることに気づいたのです。

これを実験するために始めたのが、<THINK>というプロジェクトです。去年の4月から広島に80坪くらいのスペースを借り、半分はオフィスにして、半分は空っぽの「名前のない部屋」としました。「名前のない部屋」は、今日の(<六本木アートカレッジ>の)ように誰かが話をして、それを聴く人が来てくれれば「会議室」や「学校」という名前が付くのです。あるいは、アーティストの作品をいくつか展示すると、その部屋は「ギャラリー」になるのです。

<THINK>では、毎回いろいろなゲストに来ていただいています。ある時は陸上競技選手の為末大さんに来ていただいて、ハードルでメダルを取った時の映像を流しました。すると、その部屋はまるで「スタジアム」のような熱気を帯びました。ロックバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文さんが歌を歌うと「ライブハウス」に。フードディレクターの野村友里さんにご飯をつくってもらうと、一晩だけの「レストラン」に。落語家の柳家花緑さんがいらっしゃった時は、高い床をつくって、座布団とめくりを用意しただけで、その空間には「寄席」という名前が付きました。空間に名前をつけているのは、全部「行為」なのだと分かってきますよね。

今月は美容室boyの茂木正行さんに来ていただいて、「鏡のない美容院」をやろうとしています。「鏡って何で要るんだろう?」と考えると、切られている人のために要るのです。切る人は目の前の頭を見て切ればいいだけなのに、鏡が置いてあることが「美容院のはじまり」のようになっている。それは、すごく不思議ではありませんか?

※1 野矢茂樹著。出版はPHP文庫。