記事・レポート
福原義春氏が語る「未来をつくるイノベーションのための文化資本」
VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar
BIZセミナー文化教養
更新日 : 2011年02月14日
(月)
第1章 一度途絶えた文化は元には戻らない
資生堂の福原義春氏は、企業には「文化資本」が必要だと説きます。現在、経済効率を重んじて、ヒト・モノ・カネを動かしてリノベーションを続けてきた日本企業と、その経済成長に依存してきた日本の国際競争力は失われつつあります。
この閉塞状況を打開し、未来の日本を創造するために必要不可欠な「文化資本」について、また、それを具現化するためのイノベーションの本質について語っていただきました。
講師:福原義春(株式会社資生堂 名誉会長)
福原義春: 最初に、「文化の継承から新しいクリエイションが生まれ、そのクリエイションの結果がまた次の文化を生む」というサイクルの話をいたします。
1990年代後半に、私と山本哲士さん、それから今は学習院大学学長の福井憲彦先生を中心とする先生方と、「文化資本とは一体何か?」ということを議論いたしました。当時、経営や組織には「ヒト・モノ・カネ」という3つの要素があり、これらが動きながら資本を再生させていくと言われていたのですが、そのほかに「文化」という要素があるのではないかと議論したのです。
私たちのいう「文化資本」とは、フランスの社会学者のピエール・ブルデューが提唱した概念、すなわち「個人の中に蓄積した文化資本が、結局その個人の将来の学歴、地位、収入などを決めるようになる」というものとは全く違います。私たちのいう文化資本とは、いわゆるコーポレート・カルチャーの集積であり、経済学的な意味が多く含まれます。
私は1987年に資生堂の社長に就任し、88年頃から数年かけて経営の大改革を進めました。そのとき、文化が経営資本の1つになり得るのではないかと考えて、この研究会を主宰したのです。その発端は、私の経営のバイブルでもあるマックス・デプリーの『LEADERSHIP is an ART』という本でした。その中にこんなエピソードがあったのです。
——ナイジェリアのある部族は子どもから大人まで、夜はみんなでたき火の周りに集まっていた。たき火の周りにいれば猛獣も襲ってこないし、怖いことは何にもないので、たき火を囲んで、この部族にまつわる神話や伝説を話していたのだ。しかしその村に待望の電気が通るようになると、たき火に部族が集まることはなくなった。家で裸電球が吊るされた部屋に家族が集まって、黙って座っているだけになり、夜中になると眠くなって寝るようになった——これはつまり、電気が入ったおかげで、部族の伝統や慣習がすべて忘れ去られてしまったという恐ろしい話です。
マックスはこの本の中で、「会社の中でも同じことがある。昔のことを知っている人がどんどん退職していく。それを正しく継承しないと、会社には伝統や文化がなくなってしまう」と書いています。
それから、ミラン・クンデラというチェコ生まれの作家の『笑いと忘却の書』にはこういう一節があります。「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである」「権力に対する人間の闘争は、忘却に対する記憶の闘いにほかならない」。これは、実はアメリカが日本を占領した時の話に通じるものです。ですから戦後の日本は民族の伝統をほとんど失いかけて、今日に至っているわけです。
文化の伝承や伝統というものは、一度途切れると元に戻すことはまず不可能です。例えば、今、機械式の時計が再び見直されていて、精密な高級機械時計が次々と売り出されています。が、一時期すべて電池式に切り替えてしまったメーカーは、技術や精神、スタイルを伝承してこなかったため、もう機械式の時計はつくれないと言われています。文化の伝承が途切れるということは、民族が抹殺されるぐらい恐ろしいものなのです。
1990年代後半に、私と山本哲士さん、それから今は学習院大学学長の福井憲彦先生を中心とする先生方と、「文化資本とは一体何か?」ということを議論いたしました。当時、経営や組織には「ヒト・モノ・カネ」という3つの要素があり、これらが動きながら資本を再生させていくと言われていたのですが、そのほかに「文化」という要素があるのではないかと議論したのです。
私たちのいう「文化資本」とは、フランスの社会学者のピエール・ブルデューが提唱した概念、すなわち「個人の中に蓄積した文化資本が、結局その個人の将来の学歴、地位、収入などを決めるようになる」というものとは全く違います。私たちのいう文化資本とは、いわゆるコーポレート・カルチャーの集積であり、経済学的な意味が多く含まれます。
私は1987年に資生堂の社長に就任し、88年頃から数年かけて経営の大改革を進めました。そのとき、文化が経営資本の1つになり得るのではないかと考えて、この研究会を主宰したのです。その発端は、私の経営のバイブルでもあるマックス・デプリーの『LEADERSHIP is an ART』という本でした。その中にこんなエピソードがあったのです。
——ナイジェリアのある部族は子どもから大人まで、夜はみんなでたき火の周りに集まっていた。たき火の周りにいれば猛獣も襲ってこないし、怖いことは何にもないので、たき火を囲んで、この部族にまつわる神話や伝説を話していたのだ。しかしその村に待望の電気が通るようになると、たき火に部族が集まることはなくなった。家で裸電球が吊るされた部屋に家族が集まって、黙って座っているだけになり、夜中になると眠くなって寝るようになった——これはつまり、電気が入ったおかげで、部族の伝統や慣習がすべて忘れ去られてしまったという恐ろしい話です。
マックスはこの本の中で、「会社の中でも同じことがある。昔のことを知っている人がどんどん退職していく。それを正しく継承しないと、会社には伝統や文化がなくなってしまう」と書いています。
それから、ミラン・クンデラというチェコ生まれの作家の『笑いと忘却の書』にはこういう一節があります。「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである」「権力に対する人間の闘争は、忘却に対する記憶の闘いにほかならない」。これは、実はアメリカが日本を占領した時の話に通じるものです。ですから戦後の日本は民族の伝統をほとんど失いかけて、今日に至っているわけです。
文化の伝承や伝統というものは、一度途切れると元に戻すことはまず不可能です。例えば、今、機械式の時計が再び見直されていて、精密な高級機械時計が次々と売り出されています。が、一時期すべて電池式に切り替えてしまったメーカーは、技術や精神、スタイルを伝承してこなかったため、もう機械式の時計はつくれないと言われています。文化の伝承が途切れるということは、民族が抹殺されるぐらい恐ろしいものなのです。
福原義春氏が語る「未来をつくるイノベーションのための文化資本」 インデックス
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第1章 一度途絶えた文化は元には戻らない
2011年02月14日 (月)
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第2章 なぜ企業に文化が必要なのか
2011年02月15日 (火)
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第3章 カネやモノだけでは、心は満たされない
2011年02月16日 (水)
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第4章 経済一辺倒の日本の優位性は失われた
2011年02月17日 (木)
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第5章 これからの日本の文化政策に求められるもの
2011年02月18日 (金)
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第6章 日本は外国文化の衝撃を新たな力に変えて発展した
2011年02月21日 (月)
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第7章 日本に必要なのはリノベーションではなく、イノベーション
2011年02月22日 (火)
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第8章 その土地に暮らす人々が楽しんでいるもの、それこそが文化
2011年02月23日 (水)
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第9章 再び、誇りと自信のある国になるために
2011年02月24日 (木)
該当講座
福原義春 (株式会社資生堂 名誉会長)
福原義春(㈱資生堂 名誉会長)
未来の日本創造になくてはならないこと、イノベーションのために私達が一度立ち止まって考え抜かなくてはならない、私達の文化資本の本質についてお話いただきます。
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