六本木ヒルズライブラリー

会員制ライブラリーとは




ライブラリーは、一般のコワーキングスペースやシェアオフィス等とは異なり、「組織を離れて自律した個人が、知識や情報を交換する場」です。志を同じくする人々のコミュニティとして、互いに敬意や礼節をもって主体的に情報交換し、イノベーションを生む場を目指しています。

ふだん自分では気づかない本、情報、人との”偶然の出逢い”を起こすためのライブラリーです。
普通の図書館とは違い、本の置き場所は頻繁に変わります。ある日突然、読みかけの本がなくなることもありますので、どうしても続きを読みたいと思われた本はご購入下さい。(ライブラリー会員は定価の10%引きで購入できます。)

一冊の本を読んで情報を得るのと同様に、他の人からの情報を得ることがとても大切だと思っています。そのため、セミナーやパーティ、メンバーズコミュニティといったフェイス・トゥ・フェイスの情報交換の機会を設けました。「偉い人の話を一方的に聞く」ことはなく、誰もが何かの専門家であることを認め合い、対等な立場でフラットに情報を交換します。

ディレクターズメモ
【ライブラリー・ディレクター 小林麻実(2003年4月25日)】

はじめに

「小林さんが理想としているライブラリーを、現実のものとしてみませんか?」森ビル株式会社文化事業部担当部長の礒井純充氏(当時)の一言から、この「世界中のどこにも類似するもののない、全く新しいコンセプトのライブラリー」は、大きな一歩を踏み出しました。どれほど多大な困難が待ち受けているのかには気づかずに…

世界で唯一の"ライブラリー"


これまで一般的なライブラリーのイメージとは、本が多数並んだ本棚そのものでしょう。静かに話をしなくてはならない場所であり、古い書籍が眠っている場所。無料で本を借りることができるのは有難くても、エキサイティングでトレンディな場所と思う人は少なかったのではないでしょうか。

アカデミーヒルズライブラリーは、このイメージを100%変えることになった、世界で唯一の場所です。海外のどこにも、ここに似た場所はありません。

このライブラリーでは、本を無料で貸し出すことはしません。ライブラリー外へ本を持ち出したい場合は、本の定価(会員は10%引き)をお支払い頂きます。つまり、ライブラリーが購入した書籍を、定価で販売しています。本の数もわずかに約17,000冊と限られているうえ、ライブラリーが所蔵している本を長期にわたって保存しようともしていません。

本をジャンルで分けて、探しやすく並べることもなければ、特定の分野の書籍がよく揃えられているということもありません。オールジャンルの本が、セレクトショップのように、あるテイストによって選ばれています。これらの書籍は、壁一面に取り付けられた斬新なガラス書架や6mの高さを誇る木製書棚に、表紙をきちんと見せながら美しく並べられています。このスタイリッシュな空間は、ここを訪れる多くの人々を驚かせるものでしょう。

東京タワーとレインボーブリッジを見下ろし、千葉から遠く横浜まで広がる東京湾の景色を一望できる壮大なライブラリーカフェでは、静かに本を読む人よりも、無線LANを利用してネットを使ったり、知人と語りあったりしている人の方が目につきます。アルコールを含む飲食が自由なことも、一般の図書館では見られない特徴です。

ライブラリーとは何か

このような会員制ライブラリーの特徴は、決して奇をてらって作られたわけではありません。海外等に似たようなライブラリーがあって、それを真似しているわけでもないということは、強調してもし過ぎることはありません。

本当に全くのゼロから、「そもそもライブラリーとは何のために存在しているのだろう。ライブラリーの本質とは何なのだろうか」と一人でじっくり考えてきた結果なのです。

そもそも、日本でも海外でも、現在存在する図書館の多くは、実際には、無料の貸本屋や本の保存庫としてしか機能していません。しかし本を保存しておくという機能ならば、保管庫、Archiveが国中にひとつあれば済むのではないでしょうか。

では、本を保存しておくのではない、図書館でなければできないこと、図書館独自の存在意義とは何でしょうか。図書館に出かけて、その検索システムで本を探すよりも、自宅からネットで本を入手した方が早い現在、そもそも図書館とは何のために存在しているのでしょう?

この問題を考えていく中で、私は、過去の知識を次世代に伝え、隣人の知識を共有する機関としてこそ、図書館は存在すべきなのではないかということに思い当たりました。この視点で見てみると、知識というコンテンツがパッケージされているものは、本に限られるわけではありません。ネット、DVD、チラシ、ラジオ番組等、様々です。そしてこれら過去の知識を生かして、新しい知識を生み出すためにライブラリーは存在すべきと考えるようになりました。「本を収集する」ということは、そのような図書館の本質的な役割からすれば、ごく一部に過ぎないでしょう。

そして本よりも多くのナレッジが蓄積されているものは、人間の頭そのものです。テキストで表現されている本を読む以上の情報・知識が、人と話をすることによって得られることは、私たちの日々の経験からも明らかです。

すなわち、私にとってライブラリーとは、知識交換・知の共有の場として、新規イノベーションを起こすことを目的とし、他人と知識をシェアするための場に思われるのです。「情報に効果的にアクセスするシステム」であることが、重要な存在意義だと思うのです。

空間デザインとナレッジマネジメント

そもそも私は、”ナレッジマネジメント”と呼ばれる、企業内での知識交流と新規事業開発を専門とする経営コンサルタントです。

たとえば、どのようなオフィス空間が、部門を越えた非公式なイノベーションの誘発に役立つか、ITを活用したどのような仕掛けがあれば、社員は業務知識を交換するかといったことを、理論と実践の面から分析してきました。社内の喫煙室で交わした、たわいない世間話や、コピー機のまわりでの雑談が、公式な「ブレーンストーミング」等より、よほど社内の業務改善や新規ビジネスの開拓に役立つ例は、多いのです。

そしてそのような新たなナレッジが発生することを意図した空間デザインを、ITを利用したネット上のコミュニケーションと合わせて実現することにより、リアルとヴァーチャルを融合したナレッジマネジメントの基本が作られると考えてきました。コラボレーションしやすいグループワークの空間、偶然の出遭いである“ハプニング”に満ちた空間、苦手な相手とでも、どうしても話をしなければならなくなる空間…。ナレッジマネジメントにおいては、人がお互いに持つ信頼や、自分がナレッジを提供する会社組織・コミュニティ等への帰属感といったものが、大変重要です。自分が与えた以上の利益が長期的に返ってくることがわかっていなければ、人は自分の蓄えた業務知識やアイディアを公開しないものだからです。自分が所属したいと思う「コミュニティ」、自分の「仲間」に対してのみ、人は貴重なナレッジを分け与える・・・。

とすると、昨今の企業のように、何時、解雇されるかわからない勤務先に対して、自分の蓄えた貴重な知見を、人は公開するでしょうか。米国企業内でよく言われる「Information is power」とは、「私は他の従業員が知らないことを知っている、だからクビにならない」という意味です。自分の知っていることを公開しないことによって、自分の雇用を守らなければならないのです。

雇用主の意向や、M&Aに代表される企業環境の変化により、環境が大きく変る危険のある企業とは、従業員に決定権のない世界です。自分の人生を自分で決めることのできない、信頼感の存在しない世界になってしまいます。

それならば、「企業」という枠の外側にある「社会」、個人個人が緩やかに知識を交換する「社会」の中にこそ、グローバル化の進展する日本社会であるからこそ、これからのナレッジマネジメントは実施されるべきではないかと考えるようになりました。

社会におけるナレッジマネジメントを実現するライブラリー

新たな知識を生み出すためには、人類がこれまで蓄積してきた過去の知識・知恵の再利用が欠かせませんが、古い書物を多く読めば、新たな発想が生まれるというものでもありません。むしろ、ふっと気をゆるしたプライベートな時間に、仕事の良いアイディアが浮かんだり、全く関係のない出来事が、新発明の重要なヒントとなるセレンディピティの有効さは、広く知られているところです。

物理的な場所を生かすライブラリーの書棚には、どこにどんな種類の本があるかを明示するジャンルサインを、あえて置いていません。これは「探している本にすぐに行き着くことができる」を、理想としてきたこれまでの図書館デザインを、180度変えるものです。

ぶらぶらと広い館内を歩き回って、意外なものに遭う喜びを見つけてほしいのです。 「探しているものをすぐに見つける」ことでは、ネットにかなうものはありません。個人が持つことのできる興味の範囲は、個人が経験できる範囲と同様、限られたものです。予想もしない偶然が、自分の枠を広げることに役立つにも関わらず、大人になればなるほど、人は自分の関心の範囲を狭めてしまいます。

しかしそうは言っても、目当ての本を探すのに、広い館内を歩き回れというのもナンセンスです。そのために、 17,000冊の本の全てには、ICチップ(RFIDタグ)が貼付してあります。このチップを感知するセンサーを、一部書棚に取り付けられてあるため、携帯電話等で本のありかを検索するということも部分的には可能になっています。これによって、アトランダムな本の配置を可能にしています。

ライブラリーとは無料で本を読む場所ではなく、むしろ逆に、自分が面白かった本、役に立った知識を、「これ良かったよ」と仲間に教えてあげる、共有の精神を表現する場所なのではないでしょうか。従ってこのライブラリーでは、メンバー内から自発的に発生してお互いに本を薦め合う「ブックナビクラブ」や、メンバーがボランティアでテーマごとにファシリテイターを務める「ネットワーキング・パーティ」を大切にしているのです。

リアルとヴァーチャルを融合したソーシャルネット(SNS)へ

信頼感のあるコミュニティは、昨今ネット上でも注目を集めています。誰でもが参加できるゆえに「場が荒れる」一般のインターネットではなく、知人から招待された者のみが会話を交わすことができるソーシャルネット(SNS)がその代表です。アカデミーヒルズライブラリーの目指す「新しいナレッジを生み出す、信頼あるコミュニティ」とは、いわば、リアルとヴァーチャルを融合したソーシャルネットです。

眺めの良い、日常から少し離れた快適な環境に置かれれば、人は創造性を伸ばすことができるのではないでしょうか。そのために、一人で集中できる個室ワークスペースから、広大な窓を持つカフェ、落ち着いた雰囲気のライブラリーと、様々な場が用意してあります。

たとえば転職した途端に、情報アクセス手段も、人的ネットワークも失われてしまうようでは、人は知的創造を行い続けることはできません。アカデミーヒルズライブラリーは、自律した個人として生きるフリーエージェント達を、親密ではあっても節度ある距離を保ちつつ、サポートしていくこと、複合的ネットワークのノードとなることを目指しているのです。

おわりに

大変な時代になったと思われますか?確かに組織に寄りかからずに生きていくのは、辛く、困難なことかもしれません。実際、このライブラリーに類するようなものがどこにもないだけに、設立過程では想像もできなかった多くの課題に直面しました。しかし同時に、今までは存在しなかったメリットもあるのだと、「ライブラリー・カフェ」で海外雑誌を眺めながら、思うこともあるのです。

小林麻実 プロフィール

早稲田大学法学部卒業、同大学院国際経営学修士(MBA)課程修了。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了、同博士課程中退。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、米国ユナイテッド・テクノロジーズ社において、世界15万人の社員による情報・知識の交換および創出を目指し、ヴァーチャルライブラリーを推進。これらの経験や研究から「ライブラリーとは、個人が持つ情報を他者と交換・共有することにより、イノベーションを生む場である」というコンセプトを構築し、2002年に森ビル(株)六本木ライブラリーディレクター就任。専門は組織と個人、情報、コミュニティ・ラーニング。著書に『図書館はコミュニティ創出の「場」』、『ワンランク上をめざすビジネスパーソンの独習ガイド』等。