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本好きにはたまらない「書物」に纏わるミステリー

読みたい本が見つかる「カフェブレイク・ブックトーク」

更新日 : 2009年08月18日 (火)

第2章 イエスは、神か人間か

書物の価値は知識を得る手掛かりだけでなく、モノとしての希少性、珍重される工芸美術品などいろいろあります。だからこそ人の所有欲を刺激し、高額売買や贋物造りが行われてきました。こうした書物に対する人間の欲望をモチーフにしたミステリーをライブラリー・フェローの澁川雅俊が紹介いたします。

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キリスト教の矛盾を突くミステリー、つまり信仰か真実かをめぐって文書や書物がかかわってくる物語はこのところ結構たくさん書かれています。ここでは最近の2点『テンプル騎士団の古文書〔上・下〕』(レイモンド・クーリー著、09年ハヤカワ文庫)と『秘密の巻物』(ロナルド・カトラー著、08年イースト・プレス刊)を挙げておきます。

テンプル騎士団というのは、キリスト教の聖地エルサレムをイスラム教徒から奪還し、西欧からその地への巡礼を警護する役目を担った十字軍の騎士団の一つです。その物語はこういうものです。

この騎士団がエルサルムでイエスの生前の業績を記した古写本を発見したのですが、そこにキリスト教会の存立を揺るがす驚くべき事実(イエスは神ではなく人間であったことの証)が書かれているというのです。ローマ法王庁にとってそれは脅威で、是が非でもその古写本を排除しなければなりません。14世紀初めに法王庁はこの騎士団を異端の徒の集まりという理由で壊滅しましたが、肝心の古写本は、発見できずに現代に至っているというのです。その古写本を巡って二人の考古学者、FBIのエージェント、法王庁の司教が暗躍するという筋立てです。

『秘密の巻物』はこういうあらすじです。あるアメリカの考古学者がイスラエルの荒野の洞窟である壺を発見しました。その中2000年ほど前のものと推定できる巻物が入っていました。その古い巻物はイエスその人によって書かれたものとこの考古学者は判断し、イスラエル考古庁の古文書解析チームにその解析を委ねることになります。その直後からこの巻物によってイエスの真実が一般の人々に知れわたることを阻止しようとするグループと主人公との血みどろの葛藤が展開されます。

この作品は、いまから60年ほど前にパレスチナで偶然に発見された「死海文書」にその着想があります。この文書について『クムラン』(エリエット・アベカシス著、1997年角川書店刊)では、イエスが生存した時代のユダヤ教徒の生活を伝えており、もしかしたら彷徨時代の彼のことが書かれているとされています。

以上の作品はいずれも、イエスは神か人間かを問い掛けています。別の言い方をすれば信仰か真実かということなのですが、そしていずれの物語でも本音と建前を上手に使い分けています。普段「鰯の頭も信心から」などとのたまい、不可知論的に神や真実を真剣に追求しない私たち日本人にはあたりまえの決着の付け方かもしれませんが、合理的な精神文化を継承しているはずの欧米人が最終的な決着をつけない中途半端な結末にしているのは不思議です。いまさら二千年来の信仰を雲散させてしまうのもしんどいからなのでしょうかね。

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