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「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」

更新日 : 2008年12月15日 (月)

第7章 全部に対してロバストというのはあり得ない

北野宏明さん(左)、竹内薫さん(右)

北野宏明: ボーイング777は乱気流に対しては極めてロバストです。乱気流で落ちたという話は聞かない。しかしライト兄弟の飛行機というのは横風が1メートルぐらい吹くと、もう飛ばせない。人間が頑張って制御していますから、横風に対しては極めて弱い、ロバストではないのです。

ところが、ボーイング777が何らかの理由で電源系が全く使えなくなった場合には、全部電気で動いていますから飛ばすことができません。ただの物体として、自由落下する以外ない。ただ、そうなる確率は極限まで押さえていますから、現実には、普通はそんなことは考えなくて構わないわけです。が、何かの状況でそれが起きたときにはもう飛びません。

一方、ライト兄弟の飛行機は電気を使っていませんから、関係ないんです。じゃあ、ライト兄弟の飛行機を安定して飛ばす方法はあるかというと、あります。最新の電子制御を使えば、かなり安定します。そのときには、でもやっぱり電気がなくなったらだめになる。要するに同じなんですね。

もう少し分かりやすい話をしましょう。例えば森の中に町があるとします。森林火災が起きると、森が燃えてしまいますから、この町はあまりロバストじゃないわけですね。ロバストにするためにはどうするかというと、バッファゾーン、緩衝帯をつくるのです。西からの火に備えて、西に壁をいくつか設ける。そうすれば西で森林火災が起きても、火は町までは来ませんよということで、ロバストになったと考えます。

ところが全然違う方向から火が来ると、壁は役に立たないわけです。西からの火災にはロバストだけれども、南や北、あるいは東からの火災には脆弱である、ロバストじゃない。つまり、トレードオフがあるというわけです。

当然、「もうちょっと頭使えよ!」という話になりますよね。火がどっちらから来るかわからないんだから、町をグルッと囲むように緩衝帯を設けようと、当然思いますよね。そうした場合、何が起こるかというと、森全部に火が燃え広がりますから、真ん中の町は酸欠で人が死んでしまうわけです。結局、デザインの問題があるわけですね。

「いや、それは中途半端なことをするからいけないんだ。全部木を切ってしまえ!」ということで、今度は木を全部切るわけです。そうすれば木がないんだから、森林火災は起きない。絶対大丈夫です。でもあるとき、雨が降るわけですね。すると町は洪水で流される。

これ、実際に起きていることなんですよ。日本でも、実際に同じようなことがたくさん起きています。ダムをつくって護岸すると、ある一定の水害に関してはロバストになるんだけれど、それを超えたものに関してはものすごく脆弱性があるというのは、よく知られていることです。また、水質汚濁の問題などに関しては、護岸をやってしまうと極めて脆弱になります。

だから、どうしてもトレードオフがあって、全部に対してロバストじゃないわけです。この場合にロバストだと、それ以外のものに対して脆弱性が必ず出てくる、それをどうコントロールするかが勝負だろうと思います。
(その8に続く、全23回)

※本セミナーで取り上げている病気や疾患などの説明および対処方法は、「ロバストネス」の観点からの仮説です。実際の治療効果は一切検証されていません。講師およびアカデミーヒルズは、いかなる治療法も推奨しておりませんし、本セミナーの内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。病気や疾患などの治療については、信頼できる医師の診断と指示を必ず仰いでください。

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進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か
北野宏明 (ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長  )
竹内薫 (作家・サイエンスライター・理学博士)

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