記事・レポート

ライフスタイルサロン ~遊びをせんとや生まれけむ『ぼくの複線人生』~

カルチャー&ライフスタイル
更新日 : 2008年04月04日 (金)

第10章 私たちは知ってるようで何も知らない

竹中平蔵_福原義春

竹中平蔵: 大変すばらしいお話をいただきました。福原会長のお話に、「私もこんなふうに生きたい、生きてみたい」と、多くの方が素直に思われたと思います。本当に一つひとつのお話に、はたと膝を打つところがありました。私の人生経験などとても足元には及びませんが、それでも「ああ、本当にそうだよな」という思いでしたし、皆さんもそう聞かれただろうと思います。

最後の方で福原会長がちょっと触れてくださいましたが、私が福原会長に最初にお目にかかったのはいつだったかなと考えてみると、私が総務大臣をやっていたときのことでした。九州で道州制のタウンミーティングをやることになって、経済界からどなたかお越しいただいて、こういう話をしてもらえるのは誰だろうと挙がったのが、福原会長のお名前でした。

福原さんは文化経済人であって、「いやあ、福原さんが道州制の話をしてくれるのか、何か1つのことがわかる人は、何でもわかるんだね」とその場にいた代議士に言った記憶があります。

さて、ご著書『ぼくの複線人生』を読まれて、皆さんそれぞれに関心を持たれた部分があったかと思いますが、全体を通して一言私の感想を述べさせていただくと「1つのことでこんなにいろいろなことを学ぶことができるんだ」ということです。アメリカに住んでいたとき、1つのことに打ち込んだこと——私たちは24時間生きていて、常に何かをやっているわけで、いろいろな経験をするわけですが、その1つのことからこんなに多くのことを学ぶことができるものなんだなと思いました。まさにこれは感受性であり、その裏には複眼があると思うのですが、その点に、私は一番感銘を受けました。

私が福原会長に一番聞いてみたいと思ったのは、福原さんがゲーテの言葉を引用して「目の前にあるものを見ることが最も難しい」とおっしゃったことについてです。これは物事の見方、感じ方であり、なかなか深いお話だと思います。このあたりのお話をもう少し伺いたいと思うのですが、いかがでしょうか。

福原義春: 先程のバラのトゲの話もそうなんですね。近ごろ、トゲのないバラもありますけれど、今あるバラは結構まだトゲがあるんです。バラにはトゲがあると知ってはいますが、じゃあ、そのトゲは上を向いているのか、下を向いているのか、横を向いているのかと言われると、もうわからなくなっちゃうんです。

一体、あのトゲというのは何のためにあるんでしょうか。昔は羊や何かに食べられまいとしたみたいですけれど、今、バラはそんな目に逢うことはありません。今はバラハバチという芋虫みたいなものに食われちゃうのですが、その連中にはトゲは関係ないんです。だから、そういうことも合わせてバラのトゲって何なんだろうと考えると、本当に僕たちは目の前で見ていても何にもわかっていないんだ、ということがわかってくるのです。

竹中平蔵: その意味では、物事について感じる私たち側の問題だと、改めて思います。