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遠藤功のプレミアム戦略

BIZセミナー経営戦略
更新日 : 2008年03月24日 (月)

第3章 マーケティングではなく、ファンにストーリーを語らせる

RoppongiBIZ*東洋経済提携セミナー「遠藤功のプレミアム戦略」

遠藤功: 3年前からトヨタ自動車が国内でレクサスを始めましたが、当初はうまくいきませんでした。浮上してきたのは去年(2007年)です。なぜ、立ち上げ時はうまくいかなかったのか。ここに、日本の会社がプレミアムを考える際のヒントがあるのです。

 レクサスが日本での立ち上げに失敗したのには、幾つかの理由があります。まず、立ち上げたときにレクサスの「顔」となる商品が無かったこと。車好きの人だったら分かるかもしれませんが、レクサスにはLSというアメリカで大ヒットした高性能のモデルがあります。

 そもそも、アメリカで成功したのは、このLSという商品があったからです。それを日本版として新しいエンジンで開発することになりました。残念ながらその開発が遅れ、投入が1年遅れたのです。それでもトヨタはレクサスの国内での発売に踏み切りました。投入したのは3車種、GSとISとSCです。

 それぞれのモデルはけっして悪い車ではありません。でも、残念ながらそれはレクサスを代表するようなフラッグシップとは認知されなかったわけですね。ですから、マーケットでは、「GSはアリストだよね」「ISってアルテッツァだよね」「SCはソアラだよね」という話になってしまうわけです。そんなものをなぜ100万円も高く買わなきゃいけないんだと。そういった意味で、やっぱりプレミアムの顔としてのフラッグシップは不可欠なのです。そのブランドを象徴するような商品が無いということは、もう致命的なのです。

 では、「フラッグシップ」とは何を意味するのでしょう。例えばメルセデス・ベンツの価格帯を見ていただきたいと思います。Sクラスは、ベンツのフラッグシップです。一番安いモデルで996万円、一番高いモデルだと2000万です。ここにベンツの技術がすべて集約されています。

 でもSクラスを買える人はごく一部です。やっぱり大き過ぎて駐車するのも不便だし、別にSじゃなくていいわという人は、Eクラスに乗ればいい。それでもEクラスは640万円から1000万円です。さらにお手ごろなのが、450~650万円のCクラス。これは「プレミアム・マス」といって、プレミアムの中では一番売れるボリューム・ゾーンです。その下に299万円から402万円のBクラス。252~353万円のAクラスがあります。

 この商品構成は、どこから来ているか。すべては最上級のSクラスが基点です。Sというフラッグシップ……象徴があって、その値付けがあって、それ以外をどう位置付けていくか。どう機能的に差を付けていくのか。価格差を付けていくのか。すべては上から決まってくるわけです。つまり、プレミアムで一番肝心なのは実は値付けなんですよ。価格政策というのが一番ハードルの高いもの。まず幾らで売るんだということを決めて、それに見合う商品を徹底的に作ることなのです。

●ポルシェの完全なる戦略

 プレミアムで成功するためにはどうするのか。まず戦略うんぬんを考える前に、そもそも発想を変えなきゃいけないと思っています。今までの日本がやってきた「バリュー・フォー・マネー」の思想と何が違うのかを考えなければいけない。そこには3つポイントがあると思っています。

 1つ目は、台数で売るのではなく1台当たりの収益を確保すること。どうしても日本の会社はたくさん売りたいと思うわけです。でも、プレミアムでたくさん売ったらダメなんですよ。高く作って、全部お客さんに転嫁すればいい。お客さんは喜んで払うわけですから。でも、どうしてもたくさん売ってボリュームを稼ぎ、コスト・ダウンして儲けよう、そういう思想が染み付いているわけです。マス商品ではこの発想は正しかったわけですが、それでは残念ながらプレミアムでは成功しない。

 そして2つ目に、熱狂的なファンを作ること。プレミアムで成功している会社を見ると、カスタマーという発想はほとんどありません。ポルシェには、5%といわれるコアのファンがいます。これはポルシェの中でも911カレラしかポルシェと認めない人たち。とにかく徹底して、この人たちを満足させる車を作ること。これがポルシェに課せられた使命です。その5%を満足させると、それを見てあこがれる人が出てきます。その人はカスタマー。彼らは決して911カレラを買わず、ボクスターやカイエンを買うわけです。それでいいわけです。

 5%のファンをとにかく徹底して満足させて、彼らをポルシェ・マニアにすると、自然とカスタマーができてくる。ポルシェ・クラブ、ポルシェのドライビング・スクール、もうあの手この手を使いながら、ファンをポルシェに染めていくわけです。

 以前ドイツへ出張に行った際、ポルシェのドライビング・サーキットに行きました。でも、とてもじゃないけどアクセルなんか踏めないので、隣にプロのレーサーが来るわけです。直線距離で約300kmで「ウワーン」……失神ですよね。

 でも、その後日本に帰り、私は熱く語っていました。その自分を見てあわれだなと思いましたが、伝説ができてくるわけですよ。伝説が。「お前、 300km乗ったことあるか」と。自分で踏んでもいないのに、さも自分で踏んだように伝説が生まれるわけ。「ああそうか、やっぱりポルシェに乗ってみたいよな」って思うわけですね、男は。

 それが、エモーショナルな価値につながってくるわけです。あこがれ感、ワクワク、ドキドキ、「いつかはポルシェに乗りたいよなあ」と、なるわけです。すごいですよね、この戦略たるや。最初はファン・サービスかと思いましたよ。……とんでもない。これは完全に戦略です。

●マーケティングではなくファンにストーリーを語らせる

 ポルシェは広告宣伝を基本的にしません。それでは何をするか。ストーリーを作ってそれを語るわけですね。しかもそれは自分で語るのではなくて、前述のようにファンが語るわけです。メーカーはその材料を提供するだけ。一方、日本の会社の中でストーリー・テリングができる会社がどれだけあるのかということですよね。

 唯一、例外的だと思うのはサントリー。商品を大切にしながら、それがどうして生まれたのか、長い間時間をかけてコツコツとやるのが非常に上手です。でもサントリーは非上場だからそれができる。上場していて、周りの株主から言われたら、趣味みたいなビジネスできないですよね。山梨にあるサントリーのワイナリーに行くと、あの会社が非上場である理由が分かります。あんなところにあんなブドウ畑を作って、短期指向の株主だったら絶対認めないよなと(笑)。

 ですから、プレミアムで成功している会社の大半は非上場です。ポルシェは上場していますが、普通株の100%をポルシェ家が持っています。何でヨーロッパからプレミアムが生まれてくるのか、それはこういう経営形態というものが非常に影響しているわけです。やっぱり時間をかけてじっくり作っていくということは欠かせないですよね。短期的な収益を求めてしまったら、これはやめろという話になるわけです。