記事・レポート

サイエンスシリーズ~宇宙の最前線

宇宙はどのように始まり、これからどうなるのか?

更新日 : 2016年08月03日 (水)

第6章 インフレーションの痕跡をとらえる


 
宇宙創成の秘密に迫る

小松英一郎: 現在、我々が確認できている宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、宇宙が38万歳の時の光です。そこには、宇宙が3,000度の時の物理状態が保存されています。僕達はCMBをとらえることができました。今後の研究テーマはそれより前、まさに宇宙創成の時代を見ることです。

現時点の観測データと物理法則を活用し、それ以前の宇宙の姿を推測してみましょう。キーワードは「インフレーション」。これは1981年、物理学者の佐藤勝彦先生によって提唱された理論です。

おさらいしますが、宇宙は誕生直後、10のマイナス36乗秒という刹那に急膨張(インフレーション)し、その後、ビッグバンが起こったと考えられています。ビッグバン直後の宇宙は超高温・超高密度の状態、すなわち灼熱の「火の玉宇宙」です。

インフレーションは、1秒の1兆分の1秒をさらに1兆分の1にし、さらに1兆分の1にした時間に起こりました。このわずかな時間に、宇宙空間は10の26乗倍に急膨張したと考えられています。たとえれば、原子核1個分の大きさが、瞬く間に太陽系の大きさになるという、凄まじい急膨張です。

現在、僕達は「ビッグバン以前の宇宙は冷たかった」と考えています。WMAPの観測結果により、宇宙は誕生間もなく急膨張(インフレーション)したことが明らかになりつつありますが、急激な膨張は、宇宙の急激な冷却を意味します。そして、インフレーションが終わる頃、膨張のエネルギーが解放されて熱に変化したことでビッグバンが起こり、一気に超高温の世界になりました。

WMAPのデータによってインフレーションは観測的な証拠を得つつありますが、僕達はそれをさらに推し進めて、決定的な証拠をつかみたいと考えています。そのヒントとなるのが「量子場」。原子より小さい極微の世界を研究する量子論によって、インフレーションの謎が解けるのでは、と考えています。鍵は、インフレーション中に生成された量子ゆらぎです。極微の世界で生成された量子ゆらぎは、インフレーション中の急膨張によって、マクロな世界まで引き伸ばされます。それがCMBの観測データに見られる温度ゆらぎを形成し、銀河、星、惑星、ひいては我々の起源になったと考えられています。

実は、CMBの観測データからはじき出したゆらぎと、量子ゆらぎの理論値はほぼ一致することまでは分かっています。しかし、インフレーションという途方もないアイデアを証明するには、圧倒的な観測的証拠が必要になります。

そこで登場するのが「重力波」です。かの有名なアインシュタイン博士が、一般相対性理論を通してその存在を予言したものです。しかし、存在すると予測されるものの、まだ誰もそれを直接とらえることができていません(※編注)。そのため、重力波を検出するための研究施設が世界中でつくられており、日本では岐阜県飛騨市神岡町にKAGRA(大型低温重力波望遠鏡)が建設されています。こちらは2016年中に試運転が行われる予定です。

重力波は、星が爆発した時などにも生じますが、インフレーションが起こった時は、宇宙の歴史上なかったほどの強烈な重力波が出たと考えられています。これを観測できれば、インフレーション理論の証拠につながるのです。


(※編注)
2016年2月11日、米国に本拠を置く国際研究チーム「レーザー干渉計重力波天文台」(LIGO/ライゴ)が、「世界で初めて、重力波の直接観測に成功した」と発表した。この重力波は、地球から約10億光年以上離れた場所にある2つのブラックホールが、渦を巻くように回転しながら衝突・合体した際に発生したもの。ルイジアナ州とワシントン州にあるLIGOの観測施設で、改良したばかりの重力望遠鏡「Advanced LIGO」の試運転中に発見された。

該当講座


六本木アートカレッジ 宇宙論の最前線〜私たちは宇宙をどこまで理解したのか〜
六本木アートカレッジ 宇宙論の最前線〜私たちは宇宙をどこまで理解したのか〜

小松英一郎(マックスプランク宇宙物理学研究所所長/カブリ数物連携宇宙研究機構上級科学研究員)
宇宙の“始まり”や“終わり”とはどのようなものなのでしょうか? そして宇宙を構成している成分は何か? 宇宙の進化とは? これらを研究するのが「宇宙論」です。過去20年間に宇宙論は爆発的な進展を遂げてきました。特に観察装置の進化により、これまで見えなかった宇宙が見えるようになってきたのです。本講演では、最新の宇宙で起こっている信じ難い現象を紹介するとともに、研究者がいかにして解き明かしてきたかをお話しいただきます。