記事・レポート

大人のための読書論

~書物語り、ブックトークより~

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2016年01月20日 (水)

第1章 読書論

このブックトークでは、‘綴られた書物語り(ブックトーク)本’を集めてみました。読書論、読書エッセイ、書評、ブックガイドがそれに当たります。これらは、私たちが読書の基準軸を求めてしばしば参考にする本です。みなさんもこれからの読書をより楽しむためにちょっと手にとってみられればいかがでしょうか。

講師:澁川雅俊(ライブラリー・フェロー)
※本文は、六本木ライブラリーのメンバーイベント『アペリティフ・ブックトーク第33回 秋の夜長の書物語り』(2014年9月19日開催)のスピーチ原稿をもとに再構成しています。最終章に、ブックトーク後(およそ1年半の間)に出版され、ライブラリーの書棚に並んだ本を中心にご紹介します。

澁川雅俊: 読書論は、読書とは何かについての議論です。この議論には常に三つの課題が含まれています。まず「何を読むか」ですが、これは選書の問題です。次は「どう読むか」で、読み方と内容理解の方法、つまりリテラシーを根底にしている読む技術の習得にかかわる議論です。最後は「〔読んだことを〕どう生かすか」です。このことは、広く教養論あるいは人生論、もしかしたら哲学にまで至る問題なので、ここでは触れません。


読書論と言えば、ショウペンハウエル

読書論と言えば、ショウペンハウエルをまず挙げなければなりません。読書に何かを期待する若い人たちがよくこれを手にします。これまでに幾たびもさまざまな形で出版(原著は1851年刊)されてきました。それはこの哲学者が、ニーチェに大きな影響を与えただけでなく、数々の20世紀の思想家、科学者、芸術家、文学者などにも影響を及ぼし、その人たちを通じてその考え方が一般の人びとにいまも受け入れられているからです。

 しかしこの人の読書論は「良き書物をよく読み、読書で学び人生に生かすべきだ」式の教養のための読書の薦めではありません。冒頭に「読書とは他人にものを考えてもらうことである。一日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく」と一刀両断です。たしかに読書は人の知的向上を促しますが、闇雲に本を読めば良いわけではありません。本を選び自分の頭で考えながらじっくりと読むべきだ、の主張です。福澤諭吉の『学問のすゝめ』は学問を幸せな生活を実現するための手立てと捉えていますが、具体的には「或いは人の言を聞き、或いは自ら考えを運らせ、或いは書物を読まざるべからず」です。
  ライブラリーに『読書について他二篇』〔斎藤忍随訳〕、『読書について』〔赤坂桃子訳〕、『新訳読書について』〔渡部昇一編訳〕の三点があります。斎藤のものは、原典のまっさらな翻訳で、岩波文庫1960年が初出。そして83年に改訳改版され、いまも刷を重ねているロングセラーです。赤坂は原典の訳出に、現代社会での日常生活を踏まえて平明な解説が加えられていて読みやすい本です。自他共に許す愛書家である英語学者で、社会評論家でもある渡部は、自らの読書生活体験を基に原典を訳出し、個性溢れるコメントが附されています。いずれにしても、箴言警句の大家であったショウペンハウエルが放つ読書をめぐる鋭利な寸言、痛烈なアフォリズムの数々は、やれ紙の本、いや電子本と喧しく、また本の洪水にあえぐ私たちの耳に驚くほど新鮮に響きます。

わが国の読書論の大著

 『読書論〈岩波新書版〉』〔小泉信三〕(初出1950年)はいささか古いのですが、わが国での読書論の大著です。いまでも刷り(2014年46刷)を重ねています。著者は経済学者で、後に文化勲章を受章しました。自身の読書経験を、ショウペンハウエルはもとより西欧の哲学者、文学者、政治家、わが国では福澤始め数々の文人・識者の読書論を横断し、〈何を、いかに読み、それをどう生かすべきか〉を自らの読書生活の正統性を実証的に検証しつつ、読書論の体系化を試みています。5年にわたる西欧諸大学への留学の傍ら西欧文化を満喫して体得したジェントルマンシップが信条で、それを基盤にした教養論を書物と読書を通じて議論しています。
 小泉の読書論は60年代の青少年にはよく受け入れられましたが、小林秀雄の『読書について』もそういう本のひとつです。小林も文化勲章を受章し、昭和を代表する文芸評論家で、旧制中学・高校生の‘デカンショウ’人気に匹敵する評判の現代知識人でした。本書は全体的には小体な文学論で清廉な批評と簡潔な文章で語られているオーソドックスな良書の薦めです。議論の初出は1930年代に雑誌や新聞に寄稿された小論ですが、それらを収録して昨年この本が出版されています。

 
 ショウペンハウエルの逆説的議論を始めとして、小泉信三、小林秀雄の読書論は一様に啓蒙的正統読書論で、基本的には〈良書の薦め〉、〈精読・再読の薦め〉、〈教養主義・反実利主義〉です。それはいささか古くさい議論と捉えられることもあります。それに対して『読書の方法』〔吉本隆明〕は、他人に薦められた良書の精読ではなく、〈現在を読み解くための自発的多読、従って乱読の薦め〉で、単なる識者、あるいは‘わけしり’人を受動的に育てるのではなく、新しい世界に向かって創造的に行動できる自己開発型の読書論を構想しています。ただしこの本は、あちこちに書き散らされた読書体験記をゆるいしばりでまとめており、読書論としては雑然、未推敲です。ただしその議論は庶民的な今日的読書観で貫かれており、私たちには親しみ易いかもしれません。『喰らう読書術』〔荒俣宏〕の本も現代読書論の一つです。「喰らう」とは何と奇妙な用語法ですが、これは聖書マタイ伝の名文句で、「人はパンのみにて生くる者に非ず…」と同じ発想です。副題に「一番おもしろい本の読み方」とありますが、聖書のその文言は「神の口より出る言の葉にもよるべし」とあります。つまり本の中味を楽しんで美味しく頂き、知的生活の糧とする方法を披露せんとの意図の表れでしょう。

 またこういう書痴的読書論もあります。『本の読み方』〔草森紳一〕は、「本を読む。読みたいから読む。やむにやまれずただひたすらに。読み疲れてまどろんだりしても、それも読書のうちである。ただその本とある時間と空間を愛するのみ。読書の歓びとは、本とある快楽の追求以外のなにものでもない」と一心不乱の読書を称賛しています。しかしそれは自由奔放でありながら、〈何をどう読み、読んだことをどう生かすか〉について真摯に考察しています。

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