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日本のソフトパワー
発信力・交渉力を高める“文化の力”

近藤誠一・前文化庁長官が語る

BIZセミナー経営戦略キャリア・人
更新日 : 2015年03月04日 (水)

第5章 文明の発達と日本のソフトパワー

近藤誠一氏

 
文明に振り回される人類

近藤誠一: 人間には欲望があります。欲望を追い求めた結果、火を発見し、道具を発明し、産業革命が起こった。直近ではIT革命が起こり、私たちの生活はいま、十分すぎるほど便利で快適になりました。

にもかかわらず、絶え間なく競争に駆り立てられ、「より多く、より早く、より手軽に、自分の欲望を満たしたい」という気持ちが、いまだに膨らみ続けています。特にビジネスの世界では、さまざまなメカニズムを駆使して、短期間で欲望を満たす、利益を得るための才能が重視される傾向にあります。さらに、「10年後の日本など、どうなってもいい。明日の自分の利益に結びつく方向に進もう」と考える人が増え、Mass Opportunism(大衆迎合主義)が広がりつつあるようにも感じています。

私はときどき、「もしもいま、首都直下型地震が来たら、自分は生きていけるのだろうか」と思うことがあります。それほどまでに、私たちの生活は科学技術に大きく依存しています。欲望の果てに高度に発達した科学技術は、便利な世の中をつくり出しましたが、それを使う人間の中身は、火を発見した頃からそれほど大きく変わっていないはずです。人間はいま、科学技術に振り回されるようになり、大切な何かを失いつつあるようにも思うのです。


しかし、先の東日本大震災において、東北の方々は家を失い、電気やガス、灯りのない状況でも、取り乱すこともなく、互いをいたわり合っていました。その姿を見たとき、私は「まだ手遅れではない」と強く感じました。いま一度、本当の意味での人間らしさを見つめ直し、それを取り戻すことが大切だと、東北の方々に教えていただいたのです。

問題を解決するために、制度を改革したり、ルールを強化したりすることで、欲望を制御する。それも必要だと思いますが、素晴らしい制度やルールをつくろうとも、実際に活用するのは、人間です。外部からの規制には、やはり限界がある。では、何をすればいいのか。非常にありきたりな答えで恐縮ですが、やはり1人ひとりが、内面から変化し、モラルを回復しなければいけないのだと思います。

モラルを回復するためには、「自我を抑制する」「自然に逆らわない」「多様性を受け入れる」「誰かを思いやる」といった感覚を養うことが重要です。すなわち、日本のソフトパワーの源泉がここに効いてくるのです。

どれほど科学技術が素晴らしくとも、自然を前にしたとき、私たちがもつ力は小さい。我々はもっと謙虚に、そのことを認識しなければならないのだと思います。


これまで人類は、自然と共存しながら生きてきました。私たちは、いまでも素晴らしい自然の風景を前にしたとき、理由もなく感動し、涙を流します。それは、私たちの記憶の片隅に、自然に対する普遍的な感覚があるからだと思います。そう考えれば、心の奥底では行き過ぎた科学万能主義に対して、疑問や懸念を抱いている人も多いのではないか。世界の人々が日本の文化に惹かれる理由は、こうした疑問や懸念と密接に関係しているように思うのです。

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~日本人の発信力・交渉力を考える~

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近藤誠一 (元文化庁長官)

今後の日本の経済発展、国際競争力向上のためにも重要な役割を果たすと考えられているソフトパワー。その役割と日本の発信力、交渉力について近藤氏に伺います。


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