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天上の舞 飛天の美
世界遺産・平等院鳳凰堂に秘められた美と感性

神居文彰住職が語る千年のストーリー

教養文化キャリア・人
更新日 : 2014年06月02日 (月)

第5章 美しい日本の四季に囲まれた仏の姿

神居文彰(かみい・もんしょう/平等院 住職)

 
「愛」を背負う菩薩

神居文彰: 52躯の雲中供養菩薩には、それぞれ番号が付けられています。たとえば、「北1号像」と呼ばれる菩薩は、うっすらと口を開け、膝の上に載せた琴を優しく奏でています。いまにも動き出しそうなほど繊細な指を見たとき、私には美しい琴の音がはっきりと聞こえました。

「南24号像」という菩薩は、右腕の肘から先がなく、手にもっていたであろう持物もありません。現在、鳳凰堂のなかで唯一欠損している菩薩です。調査を行ったところ、背中に墨書で「愛」という文字が記されていることが分かりました。金剛愛菩薩だったのです。

2010年春、天皇・皇后両陛下のご訪問を賜った際、この菩薩についてご説明しました。たとえ汚れたなかにあっても、そのままでいることが最も清らかなこと。煩悩すら受け入れる心のあり方が、真の悟りにつながる。そのように諭す菩薩であると。「これはキリスト教のアガペーにも通じる考え方です」とお伝えしたことを覚えております。

様々な調査により、実は失われた右手には矢を、左手には弓をもっていたことが分かりました。つまり、ローマ神話では愛の神とされるキューピッドだったのです。世界の文化はこのような形で連関しているのかもしれません。2011年、長く失われていた部分を作製当時と同じ手法で復元しました。現れたのは、大きな雲に乗り、とても柔らかい表情をした菩薩。背中に愛と記され、両手には弓矢をもち、世の清濁を包み込むように、優しく私たちを見つめていました。

鳳凰堂という無常空間

神居文彰: 鳳凰堂には、阿弥陀如来像を囲むように10の扉と4つの壁があり、それぞれに絵が描かれています。ほとんどが剥落・変色していたため、私たちは何が描かれていたのかを調べました。浮かびあがってきたのは「四季」。お堂全体が春夏秋冬、美しい日本の四季に覆われていたのです。

四季のなかに描かれているのは、仏の一団が死を迎える人を極楽浄土へと導く様を描いた「九品来迎図」(くぼんらいごうず)です。平安時代に描かれたこの九品来迎図には、亡くなる人の傍らでケアをする人、安らかな死のために念仏を唱える僧侶、泣き崩れる女の人などが描かれています。そして、いまにも亡くならんとする人が横たわり、苦痛とも恍惚ともつかないような表情で中空を見上げています。

四方の扉や壁には、日本の美しい四季が描かれている。周囲に映り込む光と影は、一瞬たりとも同じ姿をとどめない。そして、私たちを優しく見つめる幾つもの仏。平安の頃より、人々は鳳凰堂という特別な空間を訪れることで「無常」を感じ、自らの命のあり方を考え、仏の救済を確信したのでしょう。

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